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気恥ずかしい対話、あるいは「裸の王様」を乗り越えるには?:「関係性のデザインを考える──グループ・ビルディングの心理学」事後レポート

 楽しくて、豊かな生活のためになる心理学を考え、実践していく。
 その一環として、ほんのちょっとかもしれないけど、とっても大事な変化のきっかけになるようなイベントを企画する。
 そのような想いのもと、2024年3月21日(木)にトークイベント「関係性のデザインを考える──グループ・ビルディングの心理学」を開催しました。
 本記事では、荒川出版会メンバーがイベントの事後レポートを公開します。レポーターは、荒川出版会の古川貴文(ふるかわ・たかふみ)です。

 こんにちは、荒川出版会の古川です。

 2024年3月21日、新進気鋭の社会心理学者をお招きして「関係性のデザインを考える──グループ・ビルディングの心理学」というトークイベントを開催しました。

 登壇者は以下の通りです。
・秋保亮太(あきほ・りょうた)さん
・宮前良平(みやまえ・りょうへい)さん
・仲嶺真(なかみね・しん)さん

 秋保さんは産業・組織心理学、グループ・ダイナミックスの専門家、宮前さんはグループ・ダイナミックス、災害復興の専門家、荒川出版会の会長である仲嶺さんは心理学論、恋愛論の専門家です。

 「他者とどのような関係をつくり、どのように暮らしていくか」を探ってきた社会心理学は、上司-部下関係、教師-生徒関係、友人・恋愛関係などのさまざまな“関係性”にまつわる問いに対してどう応えるのでしょうか? 本イベントでは3時間にわたる鼎談を通じて、誰もが向き合う問いの「正解(仮)」を模索しました。

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 以下では、その様子をダイジェストでお伝えします。

迷惑をかけない関係は果たして可能なのか

 冒頭、宮前さんからはケネス・ガーゲンが提唱する「社会構成主義」についての説明がありました。これは「現実は社会的に構成されている」という言葉に表されるように、関係がすべてに先立って存在するとする考え方です。そのうえで、人格は一貫しているのではなく、取り結ぶ関係によって人の在り方を捉えるとする、ガーゲンの変幻自在的存在(multi-being)という考えを紹介しました。

 これらを踏まえた具体的な事例として、宮前さんが専門とする災害ボランティアについて話をしていただきました。2024年1月に発生した能登半島地震では、現地入りしてボランティア活動に当たっていた宮前さん。その活動は朝日新聞にインタビューされたものの、そのなかでの「迷惑だと言われるくらいたくさんのボランティアが必要だ」という主張が炎上してしまいました。「行かないことが支援」という世論が形成され、ボランティアがバッシングを受けたことに驚いたそうです。このような世論の中では自己完結して被災者に一切迷惑をかけないボランティアが理想的な在り方として規定されているが、果たしてそのような関係性は可能なのか? という問題提起がなされました。

震災ボランティアでの経験を語る宮前さん(中央)

自己と他者の区別が溶け合った状態としての「泥酔」

 そのうえで、ボランティアに正解はなく、被災者と関係を作るなかで「ひとまずの正解」が作り上げられていると宮前さんは主張します。正解を探るなかで、もちろん間違えるときも迷惑をかけることもあるが、まずは行ってみることが大切なのではないか。つまり、「迷惑かどうか」という意味は事前に決まっていたり、すぐに確定しているのではなく、あとからうまれるのです。批評家・東浩紀の近著に合わせて言えば、私たちの意味世界は常に訂正される可能性が残されているということです。また、ガーゲンが用いている例で言えば「本当に素敵なドレスだね」という発言は、それに対する応答が好意的なものであれば褒め言葉として、好意的なものでなければセクハラとして、後から意味が決まっていきます。この訂正という概念と、冒頭に紹介したガーゲンの考えは重なるものだと宮前さんは考えています。

 さらに、関係をつくるためには何が必要なのか? に話は及びました。宮前さんは正攻法ではあるが気恥ずかしさを伴ってしまう対話について触れたうえで、いささか乱暴な強制的なやり方ではあるものの対話とは別様の関係性を作りだす営みとして「泥酔」を紹介しました。 つまり、「泥酔」はとことん最後まで現場の人々に付き合い、話をし、「わたし」と「あなた」の境界が分からなくなるような状態であり、それはいわば新世紀エヴァンゲリオンに出てくる「人類補完計画」のようであると。

 これらの話を受けて、仲嶺さんは「いまではなく、そのあとどうなるか」という時間の観点を入れながらボランティアや関係性のデザインを考えていくことが重要ではないかと述べました。そして、うまく関係性が訂正されるまでボランティアを継続するという持続の視点も関係性のデザインを考えるうえでは必要な視点ではないか、と話を結びました。

最も重要なのは心理的安全性

 続いて、産業・組織心理学などを専門とする秋保さんからは、組織やチームなどの集団で生じる関係悪化としてのコンフリクト(対立・衝突)についての話題が提起されました。コンフリクトは経営方針などのようなタスクの内容に関する相違であるタスクコンフリクトと性格などのような対人関係に関する相違である関係コンフリクトにわけられ、ともに集団にさまざまな悪影響を与えることが知られています。

 では、コンフリクトを避けるのが良いのでしょうか? そうではない、と秋保さんは考えます。意見や情報を出し合えることはイノベーションにつながり、集団思考を防ぐことができるためです。コンフリクトを避ける、つまりガーゲンが言うところの「関係のプロセスを狭める」状況では、意見や情報が出にくくなってしまいます。これを防ぐために重要なものとして、Googleをはじめとする多くの企業が注目している概念 が「心理的安全性」です。これは対人的なリスクを取っても安全という信念が集団内で共有されている状態を指します。つまりコンフリクトを気にせず、素直に意見表明できる規範であると、秋保さんは説明します。では、心理的安全性はなぜ注目されているのでしょうか?

心理的安全性に関する研究を紹介する秋保さん

健全に衝突できる集団をつくろう!

 まず大きなポイントとして、心理的安全性がパフォーマンスを上げたり、メンバーのエンゲージメントを高めたりすることが挙げられます。加えて、その高低によってタスクコンフリクトがパフォーマンスに及ぼす効果が異なることが知られています。具体的に言えば、心理的安全性が高い場合は健全に衝突することができるため、集団での学習・成長が可能になると考えられています。

 心理的安全性を高めるための取り組みの多くはリーダーからの視点であるのに対して、社会的に多数であるフォロワー、つまりリーダー以外の立場からできることについて秋保さんから提案されました。例えばその1つとして、望まれない規範が存在・維持されている多元的無知の状態、いわば「裸の王様」のような状態を解消することが考えられます。具体的には、 男性の育児休業休暇取得において「自分以外は男性が育児休業休暇を取得することを好ましく思っていないんだろうな」と思い込み、育児休業休暇を取得しないという問題が生じます。そのうえで、「裸の王様」で「王様は裸だ」と言った子どものように、自分たちが多元的無知に陥っているのではと声を上げることが、フォロワーが可能な取り組みであるとしました。

イベントはいよいよフリートークへ

 終盤のフリートークでは宮前さん、秋保さんの話を受けて、仲嶺さんからロシアの思想家であるバフチンの「いつでも相手の言葉に対して反論できる状態があることが対話だ」という考え方が提示され、それをもとに対話、心理的安全性、社会構成主義、量的社会心理学研究の共通点が語られました。

 その他、さまざまな質問が会場やオンラインからも出て、活発な雰囲気のなかでイベントは終了しました。当日の質疑の一部はこちらに公開されています。

 ぜひ宮前さん、秋保さんのご発表やフリートークでの議論の詳細は、アーカイブ動画でご覧いただき、関係性のデザインをどう考えるかの基盤にしていただければ幸いです。

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