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青山勇樹
2020年1月29日 06:14
「薄明」という詩を紹介します。からんと晴れたぼくの胸のひろがりにそびえるひとつの梢があるその先にはいつからかちいさくあおざめた矢印があって 風が きまって吹いているので方角はいつも行方知れずだどこかで翼のはばたく気配がしてふりむけば黒く装ったあなたが横顔をみせて歩いてゆこうとする ひとつのおおきな想いが真夜中の空を渡っていったのはたしか夏の終わりのことだったろ
2020年1月27日 06:52
「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」という詩を紹介します。とりあえず〈とりあえず〉と書いてみてそこからはじまる物語もあるにちがいないけれどもこうして待ちつづけてはいてもあいかわらず空はまぶしい青でそのうえ気温は三十度を越えようとしている夏のはじまりひろがりはひろがりのまま色彩は色彩のまま音さえも音のまま時間のなかにありつづけるだからすべてに〈とりあえず〉と封印して扉をあけて
2020年1月24日 06:20
「虹」という詩を紹介します。殺人現場の隣でバッハのパッサカリアを聞きながらそのひとと午後のお茶を飲んでいたとはじまるひとつの物語を燃やしてしまったのよ書きあげてからあなたのそんなおしゃべりを聞きながらこうして紅茶を飲んでいるいま流れているのは誰のソナタだろう暖炉にくべられた薪がちょうどあなたの瞳の闇で黙ったまま死にたえてゆくところ 沈黙の値段を知っているかいこの店の
2020年1月22日 06:22
「流れる」という詩を紹介します。流れるものは水だろうか時間だろうかどこかから来てどこかへと向けて流れているものはいつもひとではなかったか 岸辺でいつまでも見ているので河は流れてゆくのだろう見つめられることに耐えきれずやがて去るひとをいつくしみながら 朝刊を積みあげてゆくと二年と八日めに背丈とならぶだがそれも時間ではないただキロあたり何個のトイレットペーパーの値に等
2020年1月20日 07:15
「メロディー」という詩を紹介します。あなたのくちびるからいまメロディーがあふれはじめる童歌でも流行歌でもなくあなたがうたうのはまぶしいひとつのメロディー 私の心のなかにもなりつづけているメロディーがあるなにげなくくちずさんでみるとそれはとてもなつかしい たとえば花びらの舞うひだまりたとえばカフェテラスでのおしゃべり雨あがりのまぶしい石畳の坂飛び去る渡り鳥の影ひと
2020年1月17日 06:46
「電話(4-4 電話d)」という詩を紹介します。朝も午後もあなたは不在で私のみた夢について聞かせてあげることができない九千五百七十回めの呼出音がいまあなたの部屋にとどくそれともひょっとして九千七百五十回めだったかしら暮れなずむ海は受話器のなかに満ちてきてやがて私は潮騒となるただ揺れつづけるばかりならばもはや眼も耳もいらないやがてふたたび真夜中は訪れどこか低い空のあた
2020年1月15日 06:23
「電話(4-3 電話c)」という詩を紹介します。〈もしもし〉が〈申します〉ではなく〈もしかしたら〉と聞こえる昼さがり盲いた受話器の瞼の奥にはとびちる紅が貼りついて〈もしもし〉電話は追憶をたどりはじめるいつまでもつづく呼出音はどこへむかっているのだろうそんなとき電話も夢をみるのかもしれない気づけばいつか混線していて〈もしもし〉遠くから知らない声が呼ぶ
2020年1月13日 08:02
「電話(4-2 電話b)」という詩を紹介します。あなたと別れたそんな夢からめざめた朝あなたの夢にみられているかすかな不安に気づく雨あがりの庭吹きわたる風がほのかな青に染まりはじめたからだろうかどこまでが夢をみている私でどこからがあなたの夢のなかかこのことについて誰が語れようよしのない物語を考えながら昨晩の食事のお礼ただそれだけのためにあなたの部屋の電話番号を静かに
2020年1月10日 06:10
「電話(4-1 電話a)」という詩を紹介します。凍った空の低いあたり今夜もいくつものあつい声がひとりからひとりへと駆けるその綾のかげを ひっそりさよならのさけびがとどくあなたのすべてが声になってたったいま私の肩のうえに重く——不意にとぎれた受話器から発信音だけがつづいていて胸の鼓動にかぶさってくる真夜中月光に浮かぶポインセチアに私の鮮血がとびちる
2020年1月8日 07:06
「卒業」という詩を紹介します。きょうの言葉はきょうのうちに見えない風の粒々になっていつか吹きぬけてゆくはずなのに静まりかえった青に染められさよならの声がたちどまる 記念写真の隅で息をこらし時計をとめてまばたきをするすべてはその一瞬に思い出という装いをはじめるだからもう制服はいらない 誰もいないグランドにふと遠い喚声がこだまするおもいがけなくよみがえるのはあつい鼓
2020年1月6日 07:35
「種子」という詩を紹介します。かすかなうごめきのほかにはじめてのいのちはまだなにもかたろうとはしないけれどもまもなくはじけてひらきこぼれあふれるのだあさがそこここにみちてひろがりみずのおもてをあざやかにながれてあかるいさけびをあげはじめるときに そのかたくとざされたまぶたにそのにぎりしめたてのひらにそのむねにそのうでにそのやわらかなほほのうえにその そのいのち
2020年1月5日 06:49
未発表の作品から、「六月の鯨」という詩を紹介します。真夜中の電話ボックスに閉じこもって六月の鯨は華やかな夢をみている外れた受話器からこぼれる発信音を枕にガラスの向こうに敷きつめられた紫陽花とどうにかしておしゃべりできないかと「もしもし」不意に受話器が話しはじめる白く濁った気泡がわずかに湧いただけなのに呼びかけられた気がしたのかもしれないそれともたしかに聞こえたのだろうかあ
2020年1月4日 08:22
未発表の作品から、「通りゃんせ」という詩を紹介します。硝子のコップに小さなひび割れを見つけた朝庭からかすかな鳥の囀りが聞こえた気がするありふれた一日の始まりにある僅かな違和感ひょっとしたらこれは他人の記憶ではないか私ではない私がこっそりのぞいているのかもなぜいつも私のまわりだけ雨が降るのだろうだれも傘をささないので私も濡れたまま歩く強い風でびしょ濡れになることもあるけれど悟
2020年1月3日 06:36
未発表の作品から、「そして冬がはじまる」という詩を紹介します。降りしきる雪を救急車のサイレンが切り裂くクリスマスキャロルが家路への足を急がせる切ないめまいのなか遠くで誰かが呼んでいる助けてほしいときれぎれの声が聞こえてくるエナメルのコートが肩をぶつけて行き過ぎる「それから」と投げ出し閉じる物語みたいに穏やかな光に貫かれ終わりを迎えられたらと花なのか恋なのかいのちそのものの終わ