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第4話 パコの提案


2008年
2月初旬

サンミゲルの移民局のインテリ局員パコから聞いた話が僕の頭の中で繰り返し繰り返しグルグルと回っていた。帰りのバスは相変わらず混んでいて、独特の臭いがする。

どぎつい香水の香りと、隣の埃っぽいおやじの加齢臭、バスターミナルの売店で誰かが買ったバターの匂いのするポップコーンやなんかが入り混じっていて寝れそうもない。そんな時に限って、バスの窓は開かないし、備え付けのモニターから流れるB級映画は面白くないどころか音声が出ていなかった。運転手は助手席に彼女らしき女性をのせて、ご機嫌に歌謡曲を歌いながら荒っぽくバスを走らせた。そんなカオスなバスの中で僕はずっとパコが言ってた事を考えてた。

「いいかい、移民局というのは連邦政府の機関で、市役所とは全く違う。市役所管轄の許可申請で長期滞在許可証、つまりFM3が必要といわれたのなら、それはそういう事だし、市役所が言ってることで間違いじゃない。そして、そのFM3を申請するのには市役所で発行される営業許可証つまり、君が何処で働くのかを証明する書類が必要でどっちも言ってることは正しい。」

「じゃあどうすれば。。。??」

僕の切ない嘆きを無視するかのようにパコはこう続けた

「どっちも言ってることは正しいけど、もっと根本的なことがあるんだ。
君は合法的にこの国で働く事を移民局から認められない限りは働けない。合法的に働けない君が申請する営業許可証を市役所が出すのかい?それは市役所が不法滞在を暗に認めていることにならないかい?」

「確かに。。営業許可があっても不法滞在だったらダメじゃん」

「そこで、どっちの力関係が強いのか?考えてみて。移民局か市役所か?
移民局はたとえ君が営業許可を持っていても不法に滞在、就労しているのであれば、国外退去を命じる事ができるよ。でも、市役所は君がFM3を持っていようが、持っていまいが営業許可を出だすことはできるよね?そうだろ?」

なにを言ってるのか段々わけがわからなくなってきた。慣れないスペイン語でのやりとり、何度も何度も「もう一回言って??」「それってどう意味?」と聞き返す僕にパコはその度に話す速度を緩めながら同じ事を繰り返してくれる。いいヤツだ。こんないいヤツに巡り会えただけでもこの移民局にきた意味がある。そう思わせてくれるくらいパコは丁寧に話してくれた。「そうだろ?」と言われてもよくわからない僕は得意のわかったフリをしてパコの話を聞き続けることにした。

「市役所が出す営業許可というのはその場所でやる事業に対して出すもので君個人に対して出すものじゃないはず。」

パコは続けた。

「営業許可は君が申請しなくても、他の誰かが申請しても取れるよね。例えばホルヘさんという人が君と一緒にお店をやろうとしてるとして、そのホルヘさんはINE(マイナンバーのようなもの)を持ってるから問題なく営業許可証を取れる。

だけど。。FM3は違う。君に対しての滞在許可なんだ。君が何処で働くのかを証明出来ない限りは移民局はFM3を出すことは不可能だよ。君はホルヘさんじゃないからね。何処で働くのかを証明出来ない人にFM3を出せるなら僕達は苦労しないよ。申請した人を審査することも、取り締まることもしなくていいからね。でも、それは不可能なんだ。もし君にこの国の国籍を持っているパートナーがいて、そのパートナーの名義で営業許可を取れば、物理的には君のお店は開業できる。だけどね、君はそこで働く事はできないよ。FM3がないとね。わかる?不法就労になるから。」

「営業許可は僕じゃなくても取れて、お店は営業できるけど、僕にFM3がなければ僕はそこで働けないってこと?ということは、お店を開業するのにFM3は関係ないってことだよね?だけど、僕はそこで働くわけだから、僕にはFM3が必要。。。?」

「そう。そういうこと。それを考えれば、どっちが先かわかるかい?」

「だけど、パコ。それはなんとなくわかるけど、市役所のシルビアは営業許可を僕が取るにはFM3が必要って言うんだよ。僕はまだこの国に来たばっかりだし、変わりに営業許可を取ってくれるパートナーもいない。それに、出来れば僕の名義で営業許可を取りたいんだ。どうすれば良いんだよ??」

パコは老後にこの街に移住してくるアメリカ人達と話すのと同じようにとても親身になって丁寧に説明してくれたけど、流石に市役所でシルビアとどういうやり取りをして、どうやって僕が営業許可をとるのかまでは教えてくれなかった。

だけど1つ、パコはウインクをしてある提案をしてくれた。

「君の観光ビザはあと3ヶ月で失効するよね。3ヶ月あるんだから、とりあえずFM3を申請だけでもしてみたらどうだい?」

「とりあえずやってみる」「完璧じゃなくてもいいよ」
これは僕がこの国で学んだ沢山の生きるヒントの中でもとっておきのもの。ともすれば許可の申請は完璧に必要な書類を集めてから申請するものだと思っていた僕にとっては思いがけないヒントだった。「完璧じゃなくたっていい」って僕達日本人にとっては受け入れるのが難しいことだけど、「完璧じゃなくていい」ことがどれだけ僕を救ってくれたかはわからないくらい、今の僕にとっては宝物のようなパコの教えです。

「本当はこういうことを僕達が言うのは良くないけれど、君は納得するまで僕を開放してくれそうにないし、君の後ろにはまだまだ順番を待っている人がいる。君に早く帰ってもらわないと今日は残業しなきゃならない。だからこれは一回で良く聞いてほしい。

まずは、ここに丸をつけたFM3申請に必要な書類の中で、今の君でも集められるものを集めて持ってきなさい。

もちろん、僕は書類に不備があるって知ってるし、審査をする僕の上司はもちろん書類の不備に対して適切に君にレターを出す。足りない書類を持ってきなさいってね。 

君は何も知らない顔をして、集めた書類を提出すればいい。そうすれば申請は開始されるし、移民局は君に書類を受け取った日付とスタンプを押した受理証を渡さないといけないんだ。 

君はその受理書を持って市役所に行ってみればいい。あとは市役所がなんと言うかだけど。。。」

そういうと、パコはガチャガチャと音を立てながら一枚一枚の書類に受け取りのスタンプを押している同僚に目をやった。

「完璧に必要書類を揃えなくても申請できるってこと?」

「さあ?もちろん僕達は完璧な書類を求めるよ。でも君はまだどんな書類が必要か今の時点では知らないからね。実は僕達にもそれはわからない。長期滞在許可証には沢山の種類があるから。労働ビザも君みたいに自分でお店をしたい人、どこかの会社に雇用されて働く人、アーティストビザなんてのもあるしリタイアメントビザだって、ここにいる殆どの人達がそうみたいに。だから、その申請者に必要な書類は基本的なもの以外は人それぞれ違う。それはもう僕が決めれることじゃなくて、審査官がチェックして決めるものだから。正直、僕にも君にどんな特別な書類が必要なのかはわからない。もちろん、営業許可証が必要だってのは経験でわかるけどね。だから、基本的な書類だけ集めて申請してみたら良いってこと。不備があれば必ずその通達が渡されるから。わかったろ?だから、今日はもう帰ってくれ。でないとランチを食べそびれてしまうよ。」

時計を見ると昼の1時を回っていた。移民局の入り口はドアもそれを守る鉄格子も閉められていて、自動小銃を持った警備員が顔色一つ変えずに僕が外に出るために鍵を開けてくれた。そうか、移民局の時間割は午前9時から午後1時。とっくに時間は過ぎていて、中にはまだ僕のおかげでやっとテーブルについたアメリカ人にパコは笑顔で優しく対応していた。 

朝家を出た時は肌寒かったのに、真上を通りすぎた太陽が痛いくらいに暑かった。移民局からバスターミナルまでは歩くと結構な距離があったけど、僕は歩いて向かうことにした、その日は既に金曜日で、月曜日まで移民局も開かないから、週末に時間をかけて今自分が集めれる必要な書類をとにかく集めなきゃ、パコの提案で無限のループから抜けれる気がして足取りは軽かった。

つづく







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