金曜20時までの恋人② ~日曜の朝~


ホテルのチェックアウトの時間が迫っていた。

この時点で、僕らはまだ互いの名前を知らない。
ベッドに腰かけ、手持ちのポーチから次々化粧品を出してメイクに集中している彼女に声をかける。

「そういえば、名前は?」

彼女はすぐには返事をしなかった。顎をわずかに上げ、手鏡を見ながら目を大きく開いてマスカラを塗っている。

落ち着いたところで彼女は「うーん」と唸った。自分の名を名乗るのに、何故か考え込んでいる。

「ミーナって呼んで」
そう言うと彼女は、くるっとこちらへ顔を向けた。

「は?いやだよ」
「は?何がいやなの?」

心底びっくりしている。

「どうしてそんなアイドルみたいな名前で呼ばないといけないんだ」
「だって、名前がミナだから。それでいて、私たちは恋人だから」
「恋人だから、ミーナと呼ぶわけ?」
「そうよ。恋人は特別でしょ?あぁ、でも女友達にもミーナって呼ばれる時がある。やっぱり、誰にも呼ばれていない名前がいいわ。ミナナはどう?」

思わず吹き出した。
どこかのテレビ局のキャラクターを思い出したからだ。

「わかったよ。ミナナでもナナナでも、僕が好きなように呼ぶよ。
恋人に指図されるのは嫌なんだ」

僕が最もらしく言うと
「あー。そゆことね。いい!その考え」
と妙な納得をして、機嫌よくまた身支度の続きを始めた。

ご機嫌なミナナを部屋に残し、洗面所へ向かう。
狭い洗面台の前で、これからの数日に思いを馳せていると、背後から声がした。

「君はタカシだったよね?」

突然の問いかけと、全く自分とは関係のない名前を出されて、うがいの水を少し飲んでしまった。

むせる僕を見て笑うミナナは、言う。
「ごめんごめん。なんだっけ、名前」

「アユムだよ。名前なんて言ったっけ?」
「言ってないよ。だから今聞いてるんじゃん」

黒目がちの目がキラッと光って見えた。
この子、なんだかこわい。


10時ぎりぎりにホテルを出た。
「ミスドでも行く?」というミナナに
「いや、今日は帰るよ」と告げる。

「そ、じゃあまた後でメッセージするね」
ミナナはそう言うと、ぱっと開いた手のひらをこちらに向けて、あっさりと僕の前から去って行った。

妙な女だ。ミナナ。僕の恋人?
面倒な5日間が始まる。






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