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秋を好む人 (シロクマ文芸部)

秋が好き、とは言えなかった。
18年前の日本で、その夏一番の暑さを記録した日に生まれた。
「すごいねぇ」と皆がいう。あの夏は特に暑かったものねぇ。
だから・・・生まれつき暑さに強くて、元気一杯、太陽のような存在だって。そんなわけないだろう。だけどこれは洗脳だから。
大輝だいき』と名付けられて、親戚中から夏の代名詞みたいに扱われたら、そうやって生きていくしかない。
この恵まれた体格は夏生まれだから、らしい。もし仮に、生まれる数日前から地球の裏側にでも引っ越していたら、今の自分ではなかったのだろうか。
近所では夏の象徴とされて育ち、年中日焼けした肌は冬になっても浅黒い。
元気印の自分だから、スポーツばかりやらされた。どうしたって目立ってしまう大きな体は隠れることも出来ず、いつもチームの大将に選ばれた。

初めて出来た彼女は部活のマネージャーだった。
大人しい性格の彼女とは、部活終わりに近くのファストフード店へ行ったり夜の公園デートを重ねた。
部活内でも関係は知られているが、学校ではそういう空気を一切出さないでくれる賢い彼女に感謝している。

そんなある秋の日、大事な試合でチームは惨敗した。
試合後、部室に戻りチームメイトを励ます言葉をかける。そして一番最後に部室を出た。
ほとんど日の落ちた校庭の水道で、バシャバシャと顔を洗った。泣いていることを誰にも知られたくなかった。
すると、ふいに後ろから誰かに抱きつかれた。驚いて顔を上げて、振り向くと彼女だった。

「マネ…。ちょっと」
「なに?」
「学校だから」
「だから?」
「俺、部長だし」
「それが?みーんな、泣いてたよ?」彼女は泣いていなかった。

「大輝くんは大輝くんであって良いんだよ」
「マネ……いや、みさちゃん…」
自分でも気が付かないうちにぽろぽろと涙を流していた。

「俺、本当は読書が好きだ」
「うん」
「アニメオタクだし」
「うん」
「冷やし中華は好きじゃない」
「うん」
「日焼けも気にしてる」
「うん」
「前髪も伸ばしてみたい」
「うん」
「それに、本当は秋が好きなんだよ」
「うん。全部知ってたよ」彼女は笑った。

「全部知ってるから、大輝くんが好きで告白したんだよ」

そうだった。
誰もが俺から告白して付き合ったと信じて疑わないだろうが、本当はみさちゃんから付き合おうと言ってくれたんだ。

「そういうところが好きなの。秋が好きそうな大輝くんのことが好きだよ」



[完]


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