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読書まとめ『限りある時間の使い方』→未来のために今のすべてを犠牲にするな

『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン


一言でいうと

未来のために今のすべてを犠牲にするな



概要

時間に関する本として話題になっており、読んでみました。

本書は、仕事術ではなく、時間の使い方を通じた哲学・人生論を語る本です。一般的なタイムマネジメントに対して警鐘を鳴らし、充実した人生を送るための時間の使い方を考えるきっかけを与えてくれます。

タイムマネジメントや生産性を追究している身としては、強烈なインパクトを受けました。自分がやってきたことの矛盾を指摘され、痛いところを突かれた、という感じですね。

例えば、タスクが全部完了する日など来ない、という指摘。世の中のタイムマネジメントでは、時間をやりくりすれば最終的にはすべてのタスクが完了する未来がくる、ということが暗黙の了解になっています。一方、本書では、そんな未来はどうがんばっても来ない、と明言しています。「必ずやるタスク」を決めたら、残りは「次にやるべきタスク」ではなく、「やらなくてもいいタスク」としています。人間の時間は有限なので、無限に増えるタスクをすべてクリアすることはできない、としています。

こんな感じで、未来への大きすぎる理想を捨てて、現実を受けとめて今を生きよう、ということがメインメッセージかなと思います。極端な未来志向になって今を生きていないことへの提言ともいえます。


本稿では、本書での学びから、人生の指針になる考え方を3つ紹介します。私が過去に読んだ本や記事とリンクするところが多かったので、それらへの参考リンクを最後にまとめて記載しています。



① 現実と限界を受け容れる

人生の有限性を自分事として直視しないと、自分の人生を他人事として過ごしてしまうことになりかねません。80歳まで生きるとして、人生はおよそ4,000週間しかない、これは紛うことなき現実です。人間は死に向かう存在であり、それを認識した存在は、ハイデガーが言うところのダーザイン(1)ですね。

やりたいことや重要なタスクなのに、なぜかやる気が出ない、そんな状態になることはないでしょうか?本書ではその原因を、自分の限界を痛感する現実から逃避したいから、と考察しています。こういったことに取り組むと、思い入れが強いからこそ、完璧にできない自分がもどかしく感じるものです。忙しいから、今はやる気が出ないから、などと理由をつけて先延ばしにすれば、取り組んだときに感じるような自分の限界に直面することもなくなります。私たちがスマホをいじって時間を潰してしまう原因は、スマホの誘惑(外的要因)だけではなく、現実から逃れたいという自分の欲求(内的要因)なのだと述べられています。

個人的に思い当たるところがあり、趣味のギターを最近めっきり弾いてないのは、まさしくこれが原因だなと。かっこよく弾ける理想の自分と、身体が追いつかない現実の自分、理想と現実のギャップを強く感じるようになり、遠ざけてしまっているように思います。もちろん、結婚・子どもが産まれて時間が取りにくくなったこと、参加していたバンドがコロナ禍で空中分解したこと、本を読んだりアウトプットしたりすることが趣味になったことも原因ですが。

本書では、忙しさを理由にして大事なことに向き合うことを回避している状態を「忙しさ依存」と表現しています。挙げられていた実例の中で、シリコンバレーのカウンセラーの話が印象的でした。患者たちは忙しい状態に慣れすぎて、50分のセラピーの間、じっとしていられなかったのだとか。じっとしていると大事なことや自分の中の不安に向き合わざるをえないので、無意識に自分を忙しい状況に追い込んでいるのだといいます。

また、タイムマネジメントや生産性の向上は、必ずしも忙しさの解消にはつながらないこともあります生産性を上げればより多くのタスクが流れこんでくるようになるので、結局時間が空くことはない、これを「生産性の罠」と表現しています。生産性を上げても仕事量が減らないジレンマについては、「ブルシット・ジョブ(2)」も関係している気がしますね。

現実を受け容れるための解決策は、解決策がないと認識することです。禅問答のようですが、実際に禅の教えでは「人の苦しみは、現実を認めたくない気持ちから生まれる」とされているそうです。コントロールできないことをコントロールしようとするから、ギャップが生まれて苦しいと感じるわけですね。計画を立てることはコントロールできる範囲ですが、計画どおりに進むかどうかはコントロールできない範囲。コントロールできないできごとをニュートラルに受け止め、計画を都度修正・妥協していく心構えが必要です。

余談ながら、昨今では物理的な現実を超越したメタバースが注目を集めています(本書には登場せず)。メタバース空間では、自らの理想とする容姿の自分像を作って演じることができるようになります。このバーチャル世界で人間は、理想と現実のギャップに苦しむことなく、限界のない幸せを謳歌することができるのでしょうか…?私は、理想の解像度・リアリティが高くなったことで、かえって現実とのギャップを強烈に意識させられることになるのでは、と悲観的に捉えています。



② 今ここにいる偶然を楽しむ

本書の指摘を要約すると、未来のために今を犠牲にしすぎていないか、といったところです。例えば、スマホで撮影ばかりしている大英博物館の観客は、未来に写真を見るために、あるいは未来にSNSで「いいね」をもらうために、今を楽しむことを犠牲にしていると指摘されています。また、高校ではいい大学に入るための準備、大学では社会に出るための準備、社会人になったら老後のために準備、老後になったら終活の準備、というのもわかりやすい例ですね。じゃあいつ楽しむんだと。

著者の子育てを通した気づきも、共感するところが多かったポイントです。生産性オタクを自称する著者は、子どもが産まれたときに、失敗しないように子育て本を読みあさったそうで、どの本も結局は「子どもの将来のために役立つことをしよう」と語っていたと気づいたそうです。自然な子育てを推奨する本であっても、表面上は親子の快適さを語りながら、後々の健康な発達が本当の目的だったといいます。

つまり、今の幸福感を、将来の不安のために犠牲にすることが正しいのか、という問題提起ですね。根源は①と通じるところがあり、将来の価値を最大化することに努力している限り、人生には今しかないという真実から目を背けられるため、と考察されています。子育てはコントロールできない瞬間の連続です。もちろん、子どもがなかなか起きないから保育園・仕事に遅れてもいいや、とかではないですが、将来の価値ばかりを必要以上に重視していないか、再考させられました。

本書からの提言は、自分が今ここにいるという偶然の事実に気づくこと。マインドフルネスな感じがしますね。本書では「今を生きようとする努力(3)」は、うまく生きられているか判断しようとして、自分を今から切り離してしまう行為だとしています。あくまでも偶然の結果に「気づく」こと、それをただ受け容れるのがよいとのこと。



③ 役に立たないことをする

未来を重視しすぎると、余暇の時間さえも未来のための準備になってしまいます。休日は、平日の仕事のために勉強したり体調を整えたりするのが正しい、という考え方ですね。何もしないことが嫌で仕方がない、未来につながる何かをしたい感情を、社会心理学では「怠惰嫌悪(Idleness aversion)(4)」と呼ぶそうです。私は人一倍この感情が強い気がするので、自覚しておきます。

怠惰嫌悪の原因のひとつは、自己への過大評価だといいます。自分を過大評価するほど、自分の時間をうまく使わなければ、と考えてしまい、休息のハードルが上がっていきます。ここでも自分の限界を受け容れることの難しさが垣間見えます。

休息は、仕事を中断すれば自動的に得られるものではありません。たとえ仕事を中断したとしても、人は未来の成果につながることを常に考えてしまいます。そのために、各種宗教では安息日などによって余暇の時間を取ることをルールとして定めました。休息を強制しないと、人間はちゃんと休息を取ることができない、ということが、数千年前から認識されていたのです。

本書では、余暇の時間に何のためでもない趣味をすることを推奨しています。生産性の束縛から解放されなければ、本当の意味での休息・幸せを得ることは難しいからです。限りある時間を無意味なことに使おう、という恐るべき提案ですね。わかりやすい例は、散歩。そういえば「歩行禅(3)」の考え方も以前紹介しました。他に私がやってみたいと思いついたのは、小説を読む、美術館に行く、音楽を聴く、子どもと遊ぶ(文字を覚えさせようとか考えずに)、などです。

趣味に没頭している人は、今を楽しむ幸せを知っていると言えます。こういう人をけなして否定したいのは、自分が幸せになれないことへの妬みだと指摘されています。まさしくルサンチマン(1)。また、趣味を活かした副業がもてはやされているのも、余暇の過ごし方としては金儲けの口実がある方が受け入れやすいからではと考察されています。

余暇にやる趣味は、目標を決めずに、行動そのものに価値があると思えることが大切です。小説を読んでレビューをしよう、などと未来に目標を決めると、達成するまでは不安、達成したあとは退屈になります。これでは今を楽しんでいる状態からは遠ざかってしまいます。ショーペンハウアーが唱えた、苦痛と退屈の振り子(1)ですね。



参考

(1)哲学

(2)生産性と仕事量

(3)マインドフルネス系

(4)怠惰嫌悪についても触れられるTED


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いつも図書館で本を借りているので、たまには本屋で新刊を買ってインプット・アウトプットします。