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2020年9月の記事一覧

寝る前のメモ。

こちらの「伝えたい」が先行していないか、参加者が置いてけぼりになっていないか、少し気になるところはありましたが、トークイベントはすこしくらい消化不良で終わるくらいがちょうどいいのかもしれないな。自分が過去に心を動かされてきたものも、案外そういうところからはじまっている気がして。 対面で話したり、そのあとに流れで飲んだりできないこの時期だと尚更で、噛み砕ききれない・腹落ちしていない、という状況があってはじめて能動的に考えたり調べたりすると思うので、なんだろうな、ここのところし

寝る前のメモ。

今日は何をしたんだっけ、ということをこの時間まで覚えていられない日がある。自分が何をして、誰と何を話したかの記憶はそのくらい曖昧なもので。そう思うと、GoogleカレンダーとSNSとカメラロールがなくなった世界では、過去の出来事も未来のスケジュールもフィクションになってしまうかもしれない。 でもまあ、そのくらいがちょうどいいのだろうなと思う時もあるけどね。 ・ ・ ・ ・ ・ TVやSNSに流れてくる弔いの言葉を拒んでしまうほど、余白がなくなっているのか、本当に感覚が麻

寝る前のメモ。

水平線の彼方を思う。そこにあるのは、波がひとつも立たない平穏で曖昧な1本の線。 ・ ・ ・ ・ ・ 「またか・・」と思ってしまったことに、自分自身の「生死」に対する感覚がすこしマヒしてきたと感じている。毎日ウイルス関連のアップデート情報が届き、死者についても数としてしか捉えられなくなってきて。数は脅威を伝えるためなのだろうけれど、ひとりひとりの顔を思い浮かべられないほどの数になってくると、肉体的なそれから「脅威」の感覚が離れていく。 怖さがないわけではない。ただ、気をつ

寝る前のメモ。

今日は、近くに用事があったのでひさびさに商店街の種苗屋さんを訪ねた。先日耕した時に余ったちび畝に植えるものを探しにおじゃましたのだけれど、元気の種ももらってしまったようで。 決してプレッシャーでも使命感でもなく、この人の期待に応えたいなと思える方。きょうは、移住やリモートワーク、アートなど、仕事や将来のことも交えながら割とタイムリーな話をしてきました。彼女はアンテナのはり方がおもしろいし、亀岡のことが好きだし、勧められるがままにブロッコリーの苗を買って帰りました。あとはパセ

寝る前のメモ。

6月頃から進めてきたプログラム企画が、いよいよ来月から本番を迎える。 申込みをしてくださった方のなかには、この期間に実施していたオンラインイベントをにも何度か参加してくださった方がいて、直接はお会いしたことがないのだけれど、すでに仲間のような感覚をもっている。 なんだろうな、年齢も性別も関係なくフラットな状況で出会えるからか、上下も左右もない感じがとても心地いい。上手く言い表せるかわからないのだけれど、わたしの好きな種類のコミュニケーションがここにあるような感じかな。

寝る前のメモ。

たった30分程度のミーティングを終えただけなのに、気がつけば500mlの水を飲み干していた。理由は簡単で、話し慣れない英語でのミーティングだったからなのだけど、今後こういうケースが増えていくかもしれないことを考えると、とにかく場数を踏んでいかねば。それは英語に限らず、どんな仕事でもそうなんだけどね。 スキルと肩書きの関係について、最初に「私は〇〇です」と言い切ってしまうことで他者が認識し、その後のやり取りの中でスキルが身についていくケースもあると思うけれど(例を挙げると、大

寝る前のメモ。

きょうは朝から畑作業。たくさん楽しませてもらった夏野菜に別れを告げて、再び土を掘り起こし、冬に向けて大根とほうれん草を植えました。梅干しに続き、とても良い流れ。 祖父は家庭菜園程度の畑をやっていたけれど父は全くで、長らく除草シートをかけられた畑を、商店街にある種苗店さんの提案で4,5年前に掘り起こしたのが私だった。この2,3年はなかなか手をつけられなかったけれど、今年は時間ができたので、久しぶりに赤紫蘇とバジルとアイコを植えた。 そんな私の行動を見かけたからか、近所の農家

寝る前のメモ。

すっかり秋めいてきた地元の風景。稲刈りを終えた田んぼも増え、あぜ道には彼岸花が咲きはじめる。夕方、近所を歩くと籾殻の匂いがする。これは、わたしにとって新米ができたことを知らせる合図のようなもの。 山と田んぼと彼岸花の風景は、小さい頃からずっと眺めてきたはずなのに、毎年必ず感動してしまう。話を聞けば、江戸時代から変わらない風景のようで、ますます大切にしたくなる。そこに生きていたかもしれない人々の心にも、きっと寄り添っていた風景だったのだと思う。 家族以外にも大切な人が増えて

2020年もいい年にしていくためのメモ。

3月からずっと、“いつも通り”の日常を保つ方法を探してきたのだと思う。「新しい日常」という言葉が使われるようになってからは余計に、そもそも「日常」ってなんだったっけ、を考えるようになって。 正直なところ、3月に入っていたいくつかの仕事がキャンセルになった時はホッとした自分がいた。目の前のことをただただこなすのではなく、落ち着いて一つひとつと向き合える(そうせざるを得ない)状況になったことに安心したのだと思う。 しかし、4月になってからは、“このままでは心を保てない” と感

寝る前のメモ。

先人たちがここを選んだ理由や、ここで何を感じどう動いてきたのか、その歴史を辿る。たまたまここに生まれ育った人たちも世に素晴らしい思想や作品を残している。そこにもし、共通する何かがあるとしたら、現代においても、もう一段階深いところからシビックプライドを醸成できる。ちゃんと湧き出てくるものに納得したいので、こじつけはしない。 まずは身近なところからそれをかたちにしていきたくて、地元というフィールドを選んだ。興味関心が重なるポイントもたくさんあったし、その目標が達成できるなら、特

寝る前のメモ。

相手にあわせるということも必要なのは承知のうえだけど、今のわたしは見たいものを見たいし、信じたいことを信じたい。そう思って進めてきたことにも、関わるまちや人にも、自分にももっとまっすぐでいたいので、それだけに集中できる環境をつくっていけたらいいなと思う。 自分のあたまの中ではつながっているけれど、それを上手に言語化も体現化もできていないので、相手にはどうにもうまく伝わらない。相手がそれを汲み取ってくれる方だと20分で済むことも、コミュニケーションの種類が異なる相手だと尚更で

寝る前のメモ。

地元に関わりはじめて、自分以外の役にはたたないけれどすごくよかったなと思うのは、新しいまちを訪れたときにおもしろい場所を見つけられるチカラが養われたことだと思う。 そんなふうに書くと大袈裟かもしれないけれど、嗅覚が良くなったのか、自然と吸い寄せられていくように何かが見つかる。というよりも、一周まわって考えると「興味のあるところ=おもしろい場所」になるわけなので、当たり前といえば当たり前のことなのか。大袈裟に書いて恥ずかしくなった。 けれど、時にそれは、現地の方よりも役に立

寝る前のメモ。

今日はほんの少しだけ日常を抜け出している。「旅」だけがもたらしてくれる、何でもない特別な時間。 いつもの日々と少しばかり距離を置きながら、しばらく見えなくなったものを知りたくて。仕事も生活も、好きであることに変わりはないけれど、移動ができなく(やらなく)なってからは結構窮屈に感じていた(のだと思う)。同じタイミングに近い場所で、2つの目的ができたことが大きな決めてかな。 帰りの電車に乗る頃には、またいろいろと考えがまとまってくるといいな。来週には決断のひとつを伝えようと思

寝る前のメモ。

日々を耕し種を蒔き。振り返れば、この5年はずっとそれの繰り返しだったように思う。何も成し遂げていないし、振り返るほどのことでもないけれど、そんなことを改めて考えてしまう1日でした。もう少しシンプルに言えば、こういう時間が過ごせたことが普通に嬉しかった。 基本的に、私ひとりでは何もできない。残念ながら記憶はいい方ではないし、何か飛び抜けた才能もない。だから昔は、同じことを考えても自分ひとりではどうにもならないことの方が多かった。けれど、こうやって少しずつ出会ってきた人たちのお