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第29回:「自由」に生きるだけの人生は大変だ

おはようございます!あみのです。今回の本は、猫田佐文さんのライト文芸作品『透明人間はキスをしない』(集英社オレンジ文庫)です。前作『ひきこもりを家から出す方法』が印象に残っていたので、今後の作風にも興味を持ち、2作目となる今作も読んでみました。

猫田さんの物語では、世の中を生きるために必要なことを教えてくれます。前作では「人が社会で働く理由」を学びました。今作は「自由」という言葉を軸に、人とのつながりを持つことの大切さを強く感じられる物語です。「透明人間」など作中の秀逸な表現にも注目して頂きたいですし、恋愛要素も入っているので親しみやすい作品だと思います。

あらすじ(カバーからの引用)

何も見えない毎日に、誰にも見えない君を見つけた
将来に可能性が感じられず、自分が存在しないみたいに思えた高校三年生の冬。俺は風逢に出会った。冬の神戸、三宮。確かにそこにいるのに、俺以外には見えない透明人間。不自由の中で生きる俺は、自由に生きる風逢に惹かれていった。現れては消える少女に導かれ、俺の人生は静かに動き出していく―――。消えゆく君との出逢いから始まる、真冬の青春ストーリー!

感想

まず私は、ひとりでいる自由な時間が大好きです。ずっとこの時間が続けばいいなと思うこともあります。ヒロインの風逢(ふわ)は、「透明人間」となったことで自由な毎日を過ごしており、読み始めた時は彼女のことが羨ましく見えました。ちなみに今作における「透明人間」とは「生きづらさ」を抱え、自分にとっての「居場所」を失った人たちを描いていると思いました。

主人公の迅は、趣味や将来の目標がはっきりしている友人たちとは違って、何も誇れることがない自分にもやもやした毎日を過ごしていました。また家族にも進路のことをしつこく追及されますが、彼は「大学に行く」という人生が本当に正しいのか疑問に感じていました。

そこで迅が出会ったのが、「透明人間」の風逢という不思議な少女です。誰にも気付かれず、好きなように生きる風逢に関心を持つ迅ですが、彼女とのコンタクトを繰り返していくうちに、迅はあることに気が付きます。それは「孤独」な毎日を過ごす彼女の「寂しさ」でした。笑顔の裏に潜む孤独を知った迅は、風逢を縛り付ける「透明人間」という鎖から解き放ちたいと思うようになります。

もし、この記事を読んでいるあなただったら、「“透明人間”として自由だけど、一生孤独な人生」「“人間”として自由とは限らないけど、たくさんの人と出会える人生」ではどちらを選びたいですか?私だったら断然後者です。「自由な時間が好き」と言っても一生好きに生きていたら余計疲れると思います。あと何より存在が誰にも認知されないっていうのが嫌です。

風逢も家族に関わる思い出が原因で初めは、自由に好きなように生きていける透明人間の自分が最高だと思っていました。だけど、迅や彼の友人と出会ったことによって、周りに見える人間として仲間と賑やかな日常を過ごし、好きな人に触れることができる人生の素晴らしさを知ります。

このような彼女の心境の変化を見てみると、人は一人では生きていけないことを実感します。適度な好きなことをするための「自由な時間」も必要ですが、誰かと関わって様々な考えを得る時間も同じくらいに必要ですね。

家族とも普通に話せて、学校に行けば友達もいて、自分のことばかり悩んで生きていける人生。それがどれだけ羨ましいか迅には分かる?

この風逢の言葉は、私が今作で最も心に残った箇所です。迅たちとは違って、複雑な家庭環境で育ってきたからこそ伝えられた言葉だと思います。迅は古い価値観で将来を押し付けてくる家族を不快に思っていました。この彼の感情は私も凄く共感しました。

でも、風逢の上記の言葉によって心配してくれる家族がそばにいて、一緒にいて楽しいと思える友達に恵まれている今の生活のありがたさに迅は気付きます。この言葉で私の生活に対する見方もぐるっと変わって見えてきました。家族をはじめ、身の周りの人の意見は否定せず肯定的に受け入れて成長できる自分になりたいと思えたシーンでした。

満足しているつもりの孤独な日々を送っていた風逢が迅という「居場所」を手に入れる物語。そして迅が風逢によって世界の捉え方を見直す物語。形は違う「孤独」や「生きづらさ」を抱えた者同士の成長に心が震える良作でした。猫田佐文さん、これからも作品を追いかけていきたいです。

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