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掌編小説

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#詩

夜明け【掌編】

夜明け【掌編】

 薄紫色の縁に橙色の滴がひとつ。小さな雫は次第に大きくなり、やがては獣のように牙を剥き口を開け夜を飲み込んでいく。夜の叫び声が星々に響き渡る。怯えた星は震えあがり姿を隠した。朝だ。朝がやって来たのだ。
 雲にまとわりついていた闇は朝が奪い去った。漂白された雲に朝陽が滲む。甘酸っぱい果汁の色をした雲に吸い寄せられ、鳥たちが空へ飛び立つ。鳥の囀りと羽ばたきが地上へと降り注いだ。
 朝の光は正しい。僕は

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青葉闇

青葉闇

 そこにいるのはわかってる。息をひそめて機会をうかがっているんだろう。
 僕はソレと目を合わせないように歩みを進める。しかしソレはひたひたと後をつけてくる。隙間から入り込もうとしている。鎧のようにまとった正しさの僅かな隙間から。僕の弱い部分。自覚している。自覚しているのにいまだに強くなれない。僕はソレに見透かされている。強くなりきれない僕の不甲斐なさや後悔や罪悪感さえも。
 艶々とした青葉の上で跳

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チーズ蒸しパンの中で暮らしたい

チーズ蒸しパンの中で暮らしたい

 転ばないように下を向いて歩くようになった。もう長い間空を見上げていない。
 ショーウインドウに映る僕の姿。背中が曲がり、白髪が増え、目からは光が消え、たった一年で十歳以上年老いたようだ。
 もう転びたくないんだ。擦り傷さえ怖いんだ。
 うっかり、光に憧れ、空に手を伸ばし、足元の小石に躓いたあの時。身の程を知った。
 傷口から溢れ出す血が沼のように広がって、僕の足首を掴む。何度も何度も立ち上がろう

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Voice

Voice

汝ら聞かざるか。
耐えがたき痛みに喘ぐ声を。
汝ら知らざるか。
叫びは彼らの喉を引き裂きやがて声を失いし。
苦しみが消えたと思いしならんや。
汝ら悟らざりしか。
美しき音色が雑音に飲まれゆくを。
草は枯れ花はしぼみ、見上げた空は厚い雲に覆われん。
汝ら見えざるか。
光をと天にやせ細りし腕を伸ばし彼らを。
願わくば奢りし汝らの耳を目を───
彼らを安らかな翼の下へと導きたまわん。
避け所にて彼らは新

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