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掌編小説

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2017年11月の記事一覧

閉じていく

閉じていく

木枯らしに葉を吹き飛ばされた木の枝は、骸骨の指先のように、か弱く空を突き刺している。

窓を閉め切った家が立ち並ぶ住宅地に、ひっそりと佇む電信柱達。

電線の網に街が捕らえられ、言葉を失っていた。

夜の瞼が降りてきて、1日が閉じられようとしている。

押しつぶされた夕陽の果汁が、街の空に染み渡って行く。

街を覆う電線の網目を、夕陽が伝い、ぽとぽとと雫する。

動物達の背中を

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ゆりかごボート

ゆりかごボート

体ひとつ分がすっぽりと包まれる、ゆりかごのようなボートだった。

仰向けに横たわり、波に揺られていた私は、目を閉じ、穏やかな潮騒を聞いていた。

どこか遠くで鳴いているイルカの声が、波の音に混じり、残響する。

左手の小指が、反応を示したかのように、ぴくりと動いた。

ボートが風に揺れ傾くと、私の左腕が、海に落ちた。

海水は、あたたかくなめらかだ。

目を開けると、陽の光できらめく水面が眩し

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大昔は海でした

大昔は海でした

大昔、このあたりは海だったと聞きました。

現在は、樹木の生い茂る森が広がっております。

折り重なる枝の間からは、木漏れ日が滴り落ち、虫や動物達の体を潤しております。

風に揺れ、擦れる葉の音は、潮騒のように、きらめいております。

澄み渡る大空に、樹木たちは枝を伸ばします。

月日と共に少しずつ、空に近づいていくのです。

大人になれば、強くなれるものだと思っていました。

決して、そ

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楓

たぶん、ずっと待ち焦がれていたのだ。

夕陽色の落ち葉で敷き詰めれ、木漏れ日が降り注ぐトンネル。

やわらかくあたたかな落ち葉を、踏みしめながら歩く事を、ずっと。

人通りの少ない、平日の公園を、昼間から歩く優越感をポケットに入れたまま、ゆっくりと歩く。

かさりかさりと足元で掠れあう落ち葉達は、私が確かに、この世に存在すると、代わりに証明してくれている。

わずかひと月足らずだったというのに

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夕焼けゼリー

夕焼けゼリー

ずっと黙ったまま歩くあなたの背中は、早足で、いつも置いてかれそうになります。

あなたの足から伸びる影を踏み「止まって」と声にならない声を放つと、ようやく振り向いてくれました。

「夕焼けゼリー作ったんだ」

今まさに、あなたの背後の街は、夕焼けに沈む瞬間で、ぷくぷくと泡立っていました。

「夕焼けゼリー?」

「オレンジとかグレープフルーツとか柑橘系のゼリーだよ」

面倒

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朝焼けジュース

朝焼けジュース

朱色の葉の上で生まれた朝露は、朝焼けの波の音で目が覚めた。

鳥のさえずりが、朝露の頬をぷるんと震わせる。

風で葉が揺れ、グラスに注がれた。

樹木の枝を滴り、寝ぼけまなこの大地を潤していく朝焼けは、静かに、しかし圧倒的に、世界を飲み込んでいく。

冷たい静寂の闇は、圧倒的な朝焼けの波に恐れをなし、次々と姿を消していった。

目覚めたばかりのトンボが、朝焼けで羽を洗う。

羽を通った光が砕け

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鱗雲

鱗雲

校舎を出ると、鱗雲が散らばっている。

忘れな草色の透明な空に。

自転車のペダルを踏んで、坂道を登る。

あの鱗雲のひとつが欲しくて。

桜並木の坂道を、立ち漕ぎして登っていく。

地に眠る魂を吸い込み、鮮やかに燃え立つ桜並木。

あの先に、鱗雲が浮かぶ、高い高い空がある。

桜の枝からは、朱色、緋色、赤銅色の葉が降っては僕の背中を押した。

太陽が、街の向こうに沈んでいく。

空の淵が、橙

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月明かりを踏む男

月明かりを踏む男

月明かりの光を跳ね返し、白く輝く横断歩道を渡る男。

踵で弾ける、月明かり。

つま先を浸す、月明かり。

正義を振りかざす陽の光は、男の皮膚には痛すぎたのだ。

月明かりの中なら、うまく呼吸が出来る。

鱗雲の間から見え隠れする、月明かり。

嬉しさと悲しみの狭間で見え隠れする、月明かり。

横断歩道を渡りきった男が向かうのは、待ち人のいない静まり返った部屋。

カーテンを失った部屋は、月明

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僕はトンボ

僕はトンボ

何の為に生まれたのだろう。

なんて、大それた事を考える、僕はトンボです。

僕は、大きな口を開け、空のスープをごくごく飲みながら飛びます。

晴れの日の透き通った青い空は、しゅわしゅわと口の中で溶けて、うきうきした気分にさせてくれます。

漂う雲は、甘くふわふわしていて、柔らかい口どけ。

曇りの空は、ビターな香りが漂い、少しだけ大人の気分にさせてくれます。

雨雲は、しっとり懐かしい香りがし、

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