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ゆりかごボート

体ひとつ分がすっぽりと包まれる、ゆりかごのようなボートだった。

仰向けに横たわり、波に揺られていた私は、目を閉じ、穏やかな潮騒を聞いていた。

どこか遠くで鳴いているイルカの声が、波の音に混じり、残響する。

左手の小指が、反応を示したかのように、ぴくりと動いた。

ボートが風に揺れ傾くと、私の左腕が、海に落ちた。

海水は、あたたかくなめらかだ。

目を開けると、陽の光できらめく水面が眩しい。

まばゆい水面に浮かぶ私の左腕に、小さな白い鳥が停まり、羽根を休める。

鳥を邪魔してはいけないと、私は、流木の気持ちになろうと努めた。

果てしない海を漂う、ひとりぼっちの流木。

やがて、鳥は大空に飛び立って行く。

羽ばたいた翼から、一枚の羽根がひらりと落ち、私の鼻に触れ、海へ落ちた。

流木になりきっていた左腕が、何者であるかを思い出し、ボートに這い上がる。

私は再び目を閉じた。

波の音に混じっているのは、本当に、イルカの声なんだろうか。

#掌編 #小説




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