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僕はトンボ

何の為に生まれたのだろう。

なんて、大それた事を考える、僕はトンボです。

僕は、大きな口を開け、空のスープをごくごく飲みながら飛びます。

晴れの日の透き通った青い空は、しゅわしゅわと口の中で溶けて、うきうきした気分にさせてくれます。

漂う雲は、甘くふわふわしていて、柔らかい口どけ。

曇りの空は、ビターな香りが漂い、少しだけ大人の気分にさせてくれます。

雨雲は、しっとり懐かしい香りがし、切ない気持ちになります。

夕焼けのオレンジ色は爽やか、ピンク色はとろり濃厚、黄金色は香ばしく、紫色は少し苦味があるけれど癖になります。

夜空は、月の光によって微妙に味が変わります。

明るければ明るいほどクリーミーで、星の光がスパイスとなり、口の中で遊びます。

朝焼けは、いつも寝坊をしてしまうので、あまり飲んだ事はありませんが、夕焼けの味に朝露が交じり、とても瑞々しいものです。

太陽の光が僕の羽を通り抜け、とぼとぼ歩く人間の、丸まった背中を照らしました。

僕は、その人間の肩に停まり、そっと、ひとやすみ。

しばらくすると、彼は僕に気づきました。

払うことなく、じっと僕の目を覗きます。

やがて彼は、ふっと目を細め、丸まった背中をしゃんと伸ばしました。

飛び立つと、地上からは、軽快な足音が響いていました。

#小説 #掌編



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