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月明かりを踏む男

月明かりの光を跳ね返し、白く輝く横断歩道を渡る男。

踵で弾ける、月明かり。

つま先を浸す、月明かり。

正義を振りかざす陽の光は、男の皮膚には痛すぎたのだ。

月明かりの中なら、うまく呼吸が出来る。

鱗雲の間から見え隠れする、月明かり。

嬉しさと悲しみの狭間で見え隠れする、月明かり。

横断歩道を渡りきった男が向かうのは、待ち人のいない静まり返った部屋。

カーテンを失った部屋は、月明かりで満ち溢れていた。

男がグラスに水を注ぐと、さらさらと溶け込んでいく、月明かり。

喉を潤し、罪をも薄めてくれる、月明かり。

毛布にくるまり瞼を閉じた男。

いつもより静かで穏やかな事に、かすかに気づきながらも眠りに落ちた。

窓からは、月明かりが注がれていく。

男はやがて、溺れてしまうことだろう。

月明かりの底へ沈んでしまうことだろう。

鱗雲が、たちまち風に消えた。

満月だと思っていたそれは、夜空に開いた丸い穴

穴から止め処なく溢れ出す光は、地上に注がれ、何もかも飲み込んで行くのだった。

#小説 #掌編






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