タイムマシーンが発明されたら、千利休に会いに行く
七井橋の上に立ち、池の先にある大きなマンションの灯りを眺めながらペットボトルのお茶を飲む。
「美味いか?」と神谷さんが僕を窺うように囁いた。
「はい。タイムマシーンが発明されたら、まっ先にこのお茶を持って千利休に会いに行きます。」と僕は答えた。
「どうせ横から秀吉がしゃしゃり出てきて飲みよるやろ」と神谷さんは目を細めて言った。
又吉直樹さんの「火花」でこんなフレーズに触れて、千利休について俄然知りたくなった。
そこでタイトルに惹かれた本を読んでみた。
千 宗屋 『もしも利休があなたを招いたらー茶の湯に学ぶ"逆説"のもてなし』
コミュケーションツールとしての茶の湯
この本では、利休が生きた戦国時代、お茶はビジネスツールであり、生き方そのものだったと語られる。
一服のお茶で人をもてなすなかで、いかに礼を尽くし、相手の心をつかみ、己をプレゼンテーションするか。人生を切り開き、豊かにしていくための知恵が、そこに詰め込まれているという。
千利休というターニングポイント
今でこそ侘び寂びといった美意識で語られ、最も日本的な文化のように言われている茶道だけれど、もともとは極めて中国的な文化の影響のもとにあり非常にインターナショナルでハイカラ趣味、悪く言えば成金趣味だったそう。そして、贅を極め、行き着く所まで行って疲弊したという経験があって、その一方で、侘び茶という流れが出てきた。このターニングポイントとなるのが千利休。
本の中では、利休のお茶とは何か、作法から広がるコミュケーション、もてなしのあり方、侘びの意味、茶の湯の場の力、禅との関係、戦国の茶人と権力など広く知ることができる。
この本で茶の湯と利休について知れるだけでなく、利休の心を伝える三千家である著者の方の伝統(伝燈)をいかに継承するかについて深い思考を見ることができて、とても興味を惹かれた。
不滅の法燈を守り伝えるために欠かすことのできないことがあります。それは常に新しい油を注ぎ続けることです。‥
まさしく伝統というものの本質は、ここにあるわけです。最初の志を継ぎ守っていくことは、常に新しい油を注ぎ足すことが必要なのです。
茶の湯の常識が世の当たり前であった江戸時代ののち、明治維新、さらに第二次世界大戦の終結というふたつの大きな転換点を経て、我が国の生活や価値観は一変しました。
その過程で、日本人が暮らしの中で磨き上げてきたコミュケーションスキルの多くが絶滅の危機に瀕してしまいました。‥
唯一茶の湯の中にその知恵が、まるで圧縮ファイルに凍結されたソフトのように生き残っています‥。
千利休を知りたいという単純な思いつきではあったけれど、「千利休」をどんな切り口から見ていくのかは無限‥かなり深掘りできそう‼︎
この本の切り口とは異なるけれど、オリラジ中田さんの千利休のお話も面白い‼︎ なによりご本人が楽しそうなのが最高ですね。
読んでいただきありがとうございました。
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