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【短編小説】しまうまの恋人

(前のアカウントで書いた短編小説の、再投稿となります)

しまうまの恋人は私。そう子供の頃は信じて疑わなかった。
しまうまは動物園で一度しか見た事ないけれど、一目惚れをした。付けた名前はゼブラ。そのまんま。その名前も、カッコいいなって思ったんだ。

大人になった今も、しまうまの事は好き。昔は恋人だと思っていたな、なんて懐かしさに浸りながら。

「ちょっと、しーちゃんさっきからボーッとしてない?(笑)なに考えてるのー、仕事しなきゃダメでしょ。入力どこまで行ったの?」
「やっぱ私資料作り苦手だわー」
「苦手でもやるんだよ!資料なんて簡単なんだから」
「簡単とか言わないでよ。上級者に言われても」
「しーちゃんも上級者なるから大丈夫だよ」
「そうかなあ」

残業は余りなく、ほとんど時間通りに帰れる会社に入れたのは、幸福なんだろなって思っている。
今日も仕事後は彼氏の家に行き、セックスをしてしばらくテレビを見たら自宅に帰るのだろう。それは幸福な事なのかどうか、いまはわからない。安心感はあるが、ストーリーという物が全く無い。
コンビニ弁当を一緒に食べ、決まったようにベッドに入り、当たり前のようにテレビをつける。
仕事帰りの電車内で聴く音楽は、他のを選ぶのが面倒くさくてとりあえずお気に入りのアルバムを流す事がよくある。そこからもう彼氏との夜は始まっているのかもしれない。

「よお」
「やっほー」
散らかってるなりに大体毎回同じ場所に置かれている靴の隙間に私の靴も脱ぎ、部屋に入る。彼氏の分まで買ってきたコンビニ弁当を机に置き、冷蔵庫からオレンジジュースを勝手に取り出し、机に用意されてるコップに注ぎ飲み干す。
薄い黄色のカーテンの内側には一番新しいプレステと色んなソフトが入った段ボールがあり、なんでカーテンの外に置かないのかと聞くと「自分でもわからない」とよくわからない事を言う。
竜田揚げ弁当を一緒に食べながら、仕事の話をお互いにする。特に仕事内容の進展が無かった為、いつもと同じ人への、同じような愚痴を言い合う。最初に口にした時は「この肉めっちゃ美味しいな」と笑ったが、いつのまにか食べ終わっていた。

ベッドの上に座り、お互い自分で服を脱いで下着姿になってから、抱きしめ合う。
彼氏の背中には幾つもできものがあり、それをザラザラと触りながら抱きしめるのが好きだ。感触に間違い無さを感じる。
彼氏が触る私の背中の感触は、どんなものなのだろうか。そこに何かしらの想いがあればいいな。今日はそう思いながら、下着の中に手を突っ込まれていく。
乳首を触られる瞬間、私の声は漏れる。それは咄嗟の刺激による驚きから始まり、すぐに気持ちよさに変わる。決して優しく触ってはくれないのだが、遊びのように色んな動きに変えるそのタイミングに私を飽きさせない気遣いを感じ、そこが好きだ。
私が朝に見たおはようを、彼氏は今、こんな時に、くれている気がする。
彼氏のあそこを舐めている時、私の頭を撫でて来るのは、どういう意味なのだろうか。そこに含まれている愛おしさは、尊重か卑下か抱擁か。気持ちよくなって欲しい一心なのが伝わっていたら、と考えると、感情を思考が上回り、乾いてくるのでやめておいた。
そうしてセックスが終わり、ベッドに入ってごろんしてからテレビを付ける。


流れてくるバラエティ番組を観ながら、ふと、テレビが置いてある台に、しまうまのシールが貼ってある事に気付く。

「なにあれ、しまうま?」
「ああ、Amazon見てたらあって、お前が好きだったっての思い出して、それで買った」
「なんだよ私にくれよ笑」
「いや、いらないかと思って」
「欲しいよ。そういうの頂戴よたまには」
「今回もう貼っちゃったから」
「剥がしてもね」

この人もしまうまになるのだろうか。
いつか、恋人だった事を思い出して、別の誰かを好きになっているのだろうか。
目つきの鋭さ、威嚇するような不思議な雰囲気、孤高さを感じるクールな派手み。
子供の頃、そういったしまうまの良い所が一つ一つはわからなくて、なんとなくカッコ良くて好きだった。今では理由が、きっとこうだって言える。
彼氏のどこが良いかは、自分なりに一つ一つ、大人だから言えてしまうんだ。
自然と言える事もあるけれど、何処が好きだったっけて、思い出しながら言う事もある。
しまうまと彼氏。
しまうまのシールは久しぶりに、彼氏の何処が好きかを自然と言えるようにしてくれた。

帰りの電車の中、いつもと同じ曲を聴いていると、急に彼氏からLINEの通話がかかってきた。私がまだ電車に乗っているのを知っている筈なのに。
とりあえず着信が切れるのを待ってから、何の話だったのかメッセージで聞く。
「しまうまのシール、実はさっき届いたばっかで、貼ってたんだけど、電気消したら光ってた。光ってる事伝えないとと思って」
「なんで電話で言おうとしたのー」
「なんか勢い付いて」
「勢い強いでしょ☺️」
「なんか強くなった☺️」
LINEのメッセージを続けながら、いつも聞いている曲に耳を傾ける。
同じミュージシャン、同じアルバムの、いつもの好きな音楽が聴こえる。
歌詞の良さ、メロディの良さが入ってくる。優しさが力強く入ってくる。カラオケで歌っている記憶を自ら蘇らせる。
自分この曲歌うの凄い下手だったよな、いやでも上手い時もあるんだけど、そう言った事が頭の中を巡りながら、彼氏とのメッセージは続いて行く。
カラオケで一緒に歌っている相手は誰なのだろう。彼氏か、地元の友達か、他の友達か。
しまうま。
私にとってのしまうま。
今では落ち着いて好きなしまうまに、恋心はないけど愛情はあるのかな。それはそれで良いのかな。
今日は昔の事、やたら思い出すな。
家に着くまで、色んな事が勝手に思い出されて行く。

自宅に着き、少しだらっとしてから、彼氏に通話をかける事にする。
何から話そうかな、しまうまの思い出。
子供の頃の事、高校生の事、会社員になってすぐの事。
出会ってすぐの私達の事。
いつものように自分の部屋まで階段を上がっていく間の時間は、こんな気持ちでいると、長く感じるんだな。
そんな気持ちが浮かびながら、通話ボタンを押す。
すぐに出ないで欲しいな。
もう少し、何を話すか考えていたいから。
そう思った時に、やっとわかった。
この世には沢山の色んな愛情があるけれど。
一つ一つ、色んな感情で溢れているかもしれないけれど。
しまうまの恋人は、私。
それがわかって、私は今から電話で話すんだ。
カーテンを開けて夜空を見たくなるって、こういうことなんだな。
今の私は、自分の家に居ながら、自分の家に居ないんだ。
たとえ今日だけの魔法でも、この日の事も、きっとまた思い出しながら。

「あ、ねえ」

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