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日記のようなもの

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くやしいくらい春だった

くやしいくらい春だった

片側が崩れ落ちた道路に積まれた土嚢に、カラスノエンドウが青々と生い茂っている。瓦礫の散らばった畑の真ん中で、まるまると太ったキジが声高らかに自分の縄張りを主張している。夕方になると、テント村に姿を変えたグラウンドを横目に、陸上部の中学生たちが空き地で練習を始める。
全壊した家屋の、もう膝下ほどの高さしかない1階部分を覗き込むと、台所の床に転がったタマネギが静かに芽吹いていた。

桜が咲いて花見をし

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新年早々やってられん

新年早々やってられん

実家のまちが寒い。本当に寒い。やってられん。実家は駅から離れた場所にあるから、ほとんど氷点下に近い夜道を、とぼとぼと歩いて帰省する。同級生の家は、あのころと表札の変わらないままあかりが灯っている。みんないまも昔みたいにくだらないことで笑って、泣いて、幸せであるといい。

昔の同級生から久しぶりに連絡が来て、会いたいというので会ってみたら、会ってない間に経験したいろいろなセックスの話をされた。お洒落

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大阪, 15.3℃/晴れ

大阪, 15.3℃/晴れ

昔、男性に呼び出されてふらふらと天王寺まで行ったら、今日はきみに告白するつもりだからあべのハルカス展望台に登ろうと言われた。

どうせ良い返事は得られないからそんな気合いの入ったことはやめたほうがいい、言いたいことがあるならここで聞くから、と説得を試みたが、相手はもうアドレナリンの滾った目をしていて、埒が明かなかったので新世界の居酒屋で酔い潰して帰ってしまった。あの日、同じ店にいた半グレみたいな兄

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何が好きなのかまだ分からない

何が好きなのかまだ分からない

梅田にいる。人が多くて嫌になる。スケジュールがうまく組めなくて、ここで3時間潰すことになった。こんなことなら、今日は家にひとりでいればよかった。せめて誰かに会いたい。近くに勤めている知人に連絡を取る。

クリスマスの装飾が街を彩っている。くだんねー、みんなクリスチャンでもないくせに乗せられてはしゃいじゃってさ。そういえば去年は今頃に自宅のツリーを出したな、と思い出す。そろそろ出さなきゃ、お祭りが終

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消えたい人の消えない記憶

消えたい人の消えない記憶


問. ある人がとても気落ちした様子であなたに声をかけてきて、「こんな思いをするのなら、いっそ死んでしまいたい」と打ち明けました。あなたの反応として適切なものは、次のうちどれでしょう。

a. 「死にたいと思うほど、つらいのですね」
b. 「そんなこと言ってはいけませんよ」
c. 「今すぐ精神科を受診してください」
d. 「つらいのはみんな同じですから、頑張りましょう」

対人援助のコミュニケーシ

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火星基地の物語

火星基地の物語

僕の生まれ育った町の話をしよう。

1980年代に開発され、かつては人口増加率全国1位を誇ったという新興住宅地。ふたつの都市部とのアクセスが各1時間以内でありながら、車を10分走らせれば緑あふれる里山という、ベッドタウンとしては申し分ない好立地にある。バブル経済下で次々に住宅が建てられると同時に、有名建築家やアーティストを呼び込んだ公共施設が作られ、21世紀を象徴する夢の新都市として大々的に売り出

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呪い:嫌われ者になるために

呪い:嫌われ者になるために

noteのアカウント名を変えました。

きっかけは、元々使っていた名前が短すぎて検索しづらく、アカウントを探してくれる方たちに苦労をかけたことでした。

しかしいちばんの理由は「『文章を書く自分』にきちんと名前をつけてあげたくなったから」です。

お金をいただけるような文才はありません。ライティングとは縁もゆかりもない仕事に就いていて、それを気に入ってもいます。けれど願わくばいつかわたしの言葉が、

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療養日誌⑤

療養日誌⑤

5日目。

いつの間にか眠っていたらしい。4時に目が覚める。部屋の電気をつけたままだった。お腹がすいている。身体が動く。

5時までうとうとして過ごしたあと、キッチンでパスタを作る。冷蔵庫のつるむらさきを使い切った。気分は晴れているとまではいかないが、悪くもない。片付けをして、ついでに掃除を済ませる。

自分のことを天下一の寂しがり屋だと思っていたが、最近はどうも違うように思う。
人間のことはたま

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療養日誌④

療養日誌④

4日目。

朝、目覚める。熱は下がったが、まだ頭が痛む。上司への体調報告をして、簡単な朝食をとり、またロキソニンを飲み下す。

パソコン作業をするが、起き上がっていると目の前が砂嵐のようになるので、やめる。

目を閉じて、落語を聴く。古典落語を選ぶ。聴く者を傷つける意図も、咄嗟の危うさも、個人的な思想の影響もないことばは、安心できる。こんなときには、志ん生のやわらかい語り口が耳に優しい。
昔出会っ

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療養日誌③

療養日誌③

3日目。

6時きっかりに目が覚める。37.2℃、悪くない。仕事の連絡を返し、シャワーを浴びる。

冷蔵庫を開ける。マヨネーズが2段目から落ちてきた。伊坂幸太郎ならどう書くだろう、とくだらないたらればを弄ぶ。萎れかけたつるむらさきを無視して、余っていた小松菜と鶏肉で中華粥をつくる。眠らせているもち米を使えば、もっと参鶏湯みたいなものができたかもしれないのに、と少し後悔するが、いまは生米を処理できる

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療養日誌②

療養日誌②

2日目。

朝が来てみれば体温はほとんど平熱に下がり、どうにか動けるようになっている。お茶漬けとビタミン剤を喉に流し込む。風呂に入りたいが、まだ動けそうにない。映画スパイダーマンを観る。面白いが、自分勝手な女の振る舞いに腹が立つ。幼少期に観た時には何も感じなかったのだが。続けて2を観る。やはりヒロインの傍若無人ぶりに、少々ストレスが溜まる。

昼過ぎからまた、頭が痛くなってくる。体温は38.5℃。

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療養日誌①

療養日誌①

1日目。

気分が悪くて目が覚める。iPhoneの画面で時刻を確認する。朝の4時半。数分前に上司から、職場に体調不良者が出たので対応のため早めに出勤できないか、と連絡が来ている。体温を測ると、38.6の文字が表示されている。

いただいた連絡で申し訳ないがこちらも体調が優れない、と返信をする。のそのそと布団を這い出て、手元に置いていた簡易キットで、例のウイルスの反応をみる。鼻腔ぬぐい液の採取だけで

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ぜんぶそうアレのせい

ぜんぶそうアレのせい

どんなヤクより微量でキマるヤバいブツがある。たったの1ml、1滴が生命をも左右する強いパワーを持っていて、人体には確認されているだけでも100種類以上が存在するという。

そいつらは、ホルモンとよばれている。

わたしたちの呼吸も循環も感情も、ホルモンの分泌とめぐりによって統制されている。

ホルモンのうちのある種類は、人工的に合成され、治療薬として医療現場を支えている。よく俎上に載せられるステロ

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ハンブンサルと夏の宵

ハンブンサルと夏の宵

暑いのが苦手だ。8月はクーラーの効いた部屋に引きこもるつもりでいたのに、あれだけはこれだけはと予定を入れていたら、結局いつも通り余白のない毎日を送っている。朝、とっくに汗ばんだ肌に日焼け止めを塗り、サンダルを履いて家を出る。友人にやってもらったフットネイルが可愛いから、夏を生きるのがへたくそな自分も辛うじて、陽の下を歩けている。

最近、仕事もプライベートもどちらでもないことも、新しいジャンルに挑

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