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新年早々やってられん


実家のまちが寒い。本当に寒い。やってられん。実家は駅から離れた場所にあるから、ほとんど氷点下に近い夜道を、とぼとぼと歩いて帰省する。同級生の家は、あのころと表札の変わらないままあかりが灯っている。みんないまも昔みたいにくだらないことで笑って、泣いて、幸せであるといい。

昔の同級生から久しぶりに連絡が来て、会いたいというので会ってみたら、会ってない間に経験したいろいろなセックスの話をされた。お洒落な居酒屋で、空いたグラスに3杯目を聞いたら、飲みすぎるとこのあと男として機能しなくなるからと断られた。わたしはこのあとないけど、努力が報われるといいねと言って早々に帰った。やってられん。あなたがすすきのの格安風俗で出会ったシュレックみたいな女には、あなたの知らない人生がある。

年明けから好きなアーティストのライブがあるのに、当落発表が有休申請の締切後であることに気づく。やってられん。事前に休みを取るとしても、候補日が3日もあって、全部は難しい。賭けで3日のうち2日の休みを取ってみることにする。当たったら友達と行く予定にしている。友達は年末年始が大型連休だから、今だけ金髪にしていて羨ましい。仕事をやめたら、きっと似合わないけど金髪にしてみたい。

冬服がない。正確には、女友達とランチに行ったり、デートに出かけたりする服がない。エンターテインメントが家とその近所で完結してしまっていて、ワンマイルウェアがあれば事足りるので、たまにあるおでかけイベントに対応できない。古いニットの毛玉をむしりとっていたら、約束の時間に遅刻する。

仕事始めから、職場の声の大きな人たちと歯車が噛み合わない。わたしは何があっても揺らがないたちだが、なにがあっても揺らがない人間は、なにがあっても大いに感情を動かす人々にとっては不気味な存在らしい。どうにもならないと思っているが、相手は何とかしてほしそうなので、今年はもっと大声で笑ったり、文句言ったり、悪態ついてみようと思う。

もうすぐ結婚する人の家でゆずを刻んでいたら、指を切った。切れ味の悪い包丁でかなり力を込めていたので、ざっくりと皮膚が割れて、柑橘の酸がむき出しの細胞に染みて、痛かった。周りに少し心配をさせたので、全然大丈夫、っていやな日本語だと常々思っているのに、それを言った。お祝いに新しい包丁を贈ろうかと思ったが、結婚祝いに刃物は良くないと聞いたことがある。やってられん。贈りたいものを贈らせてほしい。

そういえばずっと好きな人がまた、彼女と離縁の危機らしい。ふらふらするな、と叱りつける。そちらに別れられたら、こっちの何年も大事にあたためた片思いがすっかりつまらなくなる。あなたたちの結婚式で誰よりもドラマティックな涙を流すのが、わたしのささやかな夢なのだ。

また誰かが家を失い、家族を失い、友達や居場所を失っている。わたしはこたつに突っ込んだ足で猫を撫でながら、テレビを観て、指1本だけ動かして募金をして、なんもでけへんなあ、とぼやいている。知り合いはもうボランティアで被災地に入っているらしい。やってられん。今日も気づいた人、できる人が動いている。わたしは気づかないのか、できないのか、どっちなのだろう。

そういえば誕生日を迎えて、一つ歳をとった。大人になったと実感するのは、靴を買い換えるのに躊躇しなくなったこと、内臓の疲れ、苦手な親戚ともちょっとはお喋りしたいなと思えること。いつかまた着るかもなと置いていた丈の短いスカートを捨てたら、クローゼットがすっきりした。3年前に買って、その時付き合っていた人はなんやかんやと褒めていた気がする。褒められるために服を着ていた20代前半を、ゴミ袋に放り込んで口を縛る。去年は全然泣かなかったけど、今ならたぶんもっと上手に泣けるから、今年はたくさん泣いてみたい。

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