ぜんぶそうアレのせい
どんなヤクより微量でキマるヤバいブツがある。たったの1ml、1滴が生命をも左右する強いパワーを持っていて、人体には確認されているだけでも100種類以上が存在するという。
そいつらは、ホルモンとよばれている。
わたしたちの呼吸も循環も感情も、ホルモンの分泌とめぐりによって統制されている。
ホルモンのうちのある種類は、人工的に合成され、治療薬として医療現場を支えている。よく俎上に載せられるステロイドってのが代表的なところだろうか。こいつはほんとうに、少しの量でもてきめんに効く。副作用がおっかないといわれるのも頷けるくらいに。
話題のものでいえば性ホルモン、これは近年、性適合治療に適応されるようになった。人間の性別さえも変えてしまう劇薬だ、そのバランスのわずかな崩れは精神状態すら左右する。特に、女性の身体で生まれた人は、たいてい月単位でその作用を経験させられることとなる。最近ニュースを騒がせた著名人の極端な選択も、受けていた性ホルモン治療が一因だったのではないかと言われている。あくまでも憶測にすぎないが、わたしも少なからず影響はあっただろうと勝手に思っている。
弱肉強食の社会において、ビジネスの成功のためにわたしたちは他人の心を動かそうと必死にならざるをえないのに、ホルモンというものはかくも簡単に感情を揺さぶり、行動を促してくる。
もうちょっとポップに詭弁をたれると、家族と過ごす幸せも、ひとり寂しい夜も、あいつへの恋心も、みんな所詮はホルモンという化学物質の反応にすぎない、のかもしれない。
ときに麻薬、ときに毒薬、ときに治療薬。もし、そんな危険物をうまく扱う能力を人間が持ち合わせていたら、この世界はもう少し平和にできていただろう。
心が乱れたときは、ゆっくり息をして、ホルモンのめぐりに意識を向ける。吸って、吐いて、その微量な液体のさざなみを確認する。
なんだ、大したことない。それは涙のひとしずくより小さな、流れゆく存在なのだ。
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