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営業と天邪鬼

お困りごとがあるからニーズが発生する。ニーズを解決する手段を持っているから力になれる、ビジネスが成立する。強引に商品を売りつけることはできる。ただ、一時的に売り上げが上がるだけで長くは続かない。



先日、SNSで知り合った方とZoomをした。お互いの事業理解を深めるためのZoom。始まる前は「どんな事業をやっている人なんだろう?」とワクワクしていた。

Zoomが始まってからはお互いに自己紹介し、終始和やかなムードだった。「いい人だな」と思ったし、自分が何か協力できることがあればしたいなと思っていた。

しかし、途中から流れがおかしくなる。


その方は営業会社を経営しているようで、僕の営業スタイルについて深く切り込んでくる。

「それはなんでですか?」
「どうしてやらないのですか?」
「今のままでいいんですか?」

質問をされて僕が返答する。その答えに対してさらに質問をされる。まるで尋問のよう。ただ受け答えをしているだけなのに、僕が何か悪いことをしでかしたのかという気持ちになってきた。何度も質問を浴びせられ責められる自分、半分パニックになる自分。不思議な時間だった。


その方は僕の営業方法についての弱点を見抜き、弱点を解決する手段があることを示したかったのだろう。「弊社なら解決できますけど、どうですか?」とまで言われた。

正直、詰められた内容は正論で、耳が痛い話だった。僕も改善していかないといけないと思っていたし、今後考え直す必要がある部分。プロがいるなら是非お願いしたいとは思う。ただ、いきなり尋問してきた相手に「じゃあ、お願いします」とはなれなかった。提供されているプログラムは素晴らしいものなんだろう。僕の弱点を補ってくれるものなんだろう。ただし、契約したいかどうかはまた別のお話。


「このままでいいんですか?」
「解決しようと思わないんですか?」
「今はいいっておっしゃいますけど、ノウハウはあるんですか?」
「それだけご自身でやることに自信があるんですね」
「今は必要ないってことでいいですね?」

信頼関係がまだ築きあがってない中で、ここまで詰められて契約するはずがないでしょうよ。「なんでそんなこと言われなあかんねん」と思っていた。もちろん言われていることは正論。論理的に考えればお願いしたほうがいいに決まっている。ただ、人間は感情で動く生き物。商品に魅力は感じても、勧めてくる人に魅力は感じなかった。


僕自身、感情で動くことが多い。論理で詰めるよりも「なんとなくいけそう、たぶん大丈夫」みたいな感覚で考えて行動に移す。だからこそ、細かく論理的に詰めてくる人には若干恐怖を感じる。その人にとっては普通でも、怒られているような感覚を覚えてしまうから。

理由を分析するのに、「なんで?」という言葉は効果的である。ただ一方で、強い言葉だと思う。「なんで?(怒)」みたいに捉えてしまうことも。


僕も営業をする身として、人に自分の商品を勧めることがある。今日僕が出会った人のように、「なんやねんこいつ」と思われているかもしれない。人のふり見て我がふり直せという言葉があるように、僕も営業スタイルを見直さないと。

関係が出来上がってもないのに、強引に勧めても長期的な関係にはなりにくい。「なんで?」と使いすぎるのは恐怖を与えかねない。相手も自分も納得した上で商品を売ることで満足感につながる。ここだけは大事にしていきたい


その場だけでなく長期的なお付き合いができるような関係性構築を。営業感が強すぎると敬遠することもある。今回の件は営業をする身として、貴重な体験ができたと思おう。久しぶりに激おこ案件だった。noteにて成仏。もう気にしない。noteさまありがとうございます。





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