働くとは、親友探しの道だった。
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働くとは、親友探しの道だった。

私は昔、恋人から「サイコパス」と呼ばれたことがある。
共感性がないという意味でだ。
もちろん、愛情込めた冗談だと思うけど。

世間で言われてる「サイコパス」のように、人を自分のために貶めようなんてことは一欠片も思ったことないけれど、確かに自分には共感性がないなぁ、と思うことは日常で多々ある。

私は、クリエイターであり、SUGOIという映像やブランディングを手がける会社の経営者だ。

経営には共感性の低い人物が向いている、なんて言われたりするけど、それはなんか違うだろう、出来ることなら共感しながら生きてみたい、とずっと思ってもいる。

共感って、世の多数派の気持ちにどれだけ自分が近いか?であるのだから、そうなると私の気持ちはいつでもかなりの少数派なのだ。
こんな「サイコパスの本音」を読む機会なんて他ではないだろうから、少しは面白い記事が書けるかも、なんて思っている。

今日書きたいのは、共感性の低い自分がどうやって、自己流でなんとか仕事仲間と心通わせ、一緒に心込めて働ける会社を作ってきたかという話だ。

今まで一度も「親友」と呼べる関係を人と結べなかった自分が、なぜ今この歳になって「親友」に出会えたような気持ちになれたのか?
そう言い換えてもいいかもしれない。

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1. なぜ人は、会社のことが嫌いなのか?

何で自分は相手に共感したり、「共感されてる」という感覚を人に与えられないのか。これは、かなりの長年の悩みだ。

ある程度の自己分析はできている。

それは、自分には「オフの状態」というのが無いということ
ずっとバキバキの「オン」なのである。

いわゆる「意識高い系」のように、こうあろう、という気持ちでオンにしてるんじゃなくて、もう子供の頃からずっとオン・オフという感覚を持ったことがない。なので、長い休みなんかが嫌いな子供だった。

人の状態には、オン・オフがある。これが普通。

そして社会に出るという事は「オン」の状態
だから社会人は、辛い仕事を耐えてよくがんばったね、とか、本当は嫌だけど従わなければならない規則や上司への愚痴だとかを「オフ」の状態で誰かに共有したくなる。

つまり、共感性って、オフトークから生まれてくると思う。

今日4月1日は、「オフ」で過ごしてきた大勢の学生たちが、新入社員として社会という「オン」にデビューする日だ。
そう捉えると、我慢の連続の人生に頭を突っ込んだような気分になって、落ち込む人もいるだろう。

そういう人達に向け、簡単に「あなた達が今まで過ごしてきた学校という場も立派な社会だから、そこでオン・オフ使い分けてこられたならば仕事の場でも大丈夫だよ」
なんて言葉を手向けてあげたいけれど・・・

でも自分は経営者だ。
やっぱり、自分が作った会社という場を、「オン」の場所、つまらない場所と捉えられるのは辛い。

表ではポーカーフェイスで働きつつ、オフトークでボロクソに批判され、裏で結束力を高められる・・・という社会人の「あるある」には、一抹の寂しさというか、悲しみを感じてしまう。

会社って、そんなに悪者なのか?
憎むべきところなのか?
お金だけ稼いでさよなら、な場所なのか?

いつでもオフのない私は、それは違うと思って今まで働いてきた。
自分が居心地いいと思える働き方を、ずっと探してきた。


2. 「バカにしてんのか」と周りに思われて

20年前の4月1日、私は小さな映像制作会社に入社した。
広告映像を作る会社だ。

何で映像の?広告の?と聞かれると実は困ってしまう。
あの有名な広告が心に焼き付いていて・・・とかでは無いんだ。

大学時代、たまたま見ていた深夜番組で、とあるCMディレクターが特集されていた。
そのCMディレクターは、静岡県内でしか放送されてないいわゆる地方CMを手掛けてていて、その制作過程がたまたま映し出されていた。

その彼が、喫茶店で絵コンテを描いているシーンがあった。
今でいうフリーアドレスというか、会社のデスクできっちり仕事をする、というイメージを仕事に対して持っていなかった自分は、これだ!とその時に思い込んでしまったんだよね。

だから、実は映像の専門教育も受けたことないし、全て独学の自己流。
そんな状態で映像制作会社に、企画職で入社した。


入ってみると、当時の制作会社というのは「軍隊」と言われていたように、新入りはとにかく兵隊の様に働く事になる。
これは今もそうなのかな?
企画案を無理を承知で100枚書け!みたいな、不条理も当たり前な世界。

クリエイティブな職種っていうと、最先端に触れているように外からは見えるけど、その内実は軍隊的というか、時代遅れな感じがある。

制作会社だけでなく、カメラマン、スタイリストなどの職種もそうだけど、ちょっと旧式な徒弟制度をとってるところが結構多いし、それに憧れて入ってくる若手が理不尽な制度を下支えしてしまうんだから、これはなかなか変わらないと思う。


まあ、そんな中で働いていると、不満や愚痴もすごく多い
先輩や同僚と飲みに行ったりすると、必ず愚痴を言い合う会になる。
そりゃそうだ、ものすごい圧を毎日かけられてるわけだから。
どこかで吐き出さないと、身がもたないだろう。
けれど自分はその愚痴を言う飲み会が、生理的にすごく辛かった。

何が辛いかと言うと、
「愚痴を言ってるより、直接相手に言えばいいんじゃないですか?」
という言葉が、喉まで出かかってしまう。
オフトークが出来ないオン状態なので。

おそらく言わないまでも、態度には出ていたと思う。
だから、先輩達からは「俺をバカにしてんのか」という感じで思われてしまうし、同僚同士の飲み会にもあまり呼ばれなくなる・・・。


母親が職人の仕事をしていた。
オーダーメイドの洋服を、自宅で作っていた。
それを母は、すごくプライドを持ってやっていたし、何よりも楽しそうだった。

自分の中に、仕事っていうと母親のそういうイメージがあった。
だから、割と簡単に会社という組織を辞めてフリーランスへとなったんだ。


3. 営業も人脈作りもナシでやっていこう

フリーランスになって、オンとオフの狭い人付き合いからは解放されたけど、今度は社会という広い器の中に、かっちりと「オン・オフ」が存在することを身にしみて経験させられた。

フリーランスって、仕事のクオリティは当然必要だけれど、それに加えて人脈があってなんぼ、という考え方が普通にある。
そりゃそうだ、外と繋がっていなければ仕事は生まれないんだから。


そんな状態でフリーランスになる?と思うのだけれども、自分は営業活動というのをまともにしたことがない。
つまり、人脈作りというものを意識したことがない。

フリーランスの駆け出しの頃は、周りの人達から「あの飲み会に顔を出した方がいいよ」とか、「あの人と付き合っておくといい仕事が回ってくる」などのアドバイスを、親切心からもらうことがあった。

でも自分は、あろうことかそれをことごとく無視してしまった。

なぜなら、そんなところに顔を出すだけで回ってくる仕事って、結局誰にでも任せてもいいような仕事じゃないか?
こんな風に思っていたんだよね。

若気の至りというものかもしれない。
でもこの若気の至りの中に、案外本質的なものが隠れていたりもする。

人脈をつないで回ってくる仕事は、質には大して期待もされていないような案件だったりする。
それだけの為に、オンとオフの顔を使い分けて営業活動をするのも嫌だった。

ではどうやって仕事をつないでいったのか。

信頼は仕事で築けばいい
これを自分は信じてるから、一つの仕事をしっかりやれば、必ず次の仕事につながると思っている。
それを信じて、変な動き、自分を乱すような動きはして来なかった。

つまり、人脈は重要ではないと、あの当時から思っていたんだよね。

たまに、社長だからと言うことで人脈がありそうだと思われる事があるんだけど、そう言った意味では自分は本当に人脈が無い。

思い返せば、学生時代の友人達にも自分から連絡を取ったということが、一度もない。
また会いたいな、という人にも、細かく連絡して関係をつなごうと思ったことがない。もしかしたら冷たいやつだと思われてるかもしれない。

でも、不思議なことに、ちゃんと縁が繋がった人とは必要な時に道端で急にばったり会ったりする。重要な時に、なぜか連絡が来たり、夢に出て来たり。
そういう方が、案外喜ばれたりするし、いい方向に転がっていく。
人脈というより、人間関係と捉えてるのかもしれない。

今まで何千枚という名刺交換をしてきたけど、その中で本当につながる縁なんてごくごくわずかなものだと思う。
名刺だけの関係から深いものに育てようとお酒の席に誘ったりって自分には出来ない。特に今はコロナ渦中とあって、物理的な距離の縮め方が、だいぶ難しくなってきてるので、自分にはあった時代になってきたのかなと思っている。

4. フリーランスは全然「自由」じゃない

フリーランスになって分かったのは、結局世の中というのはがっちりとした構造に固められている。

そこからかなりの決意を持って飛び出さなければ巻き込まれてしまう、オンとオフを使い分けながら生きていくのが普通で、それができない自分は一生居心地悪く生きることになる、ということも、身を以て知らされた。

フリーランスの映像ディレクターなんて、世の中にごまんといる。
仕事というのは、クライアントから広告代理店を通じて発生する。その下請けが制作だ。そこからさらにカメラマンや現場スタッフ、というさらに下請けへと仕事が振られる。

オフの本音、愚痴というものは、こういう上下構造があるところには必ず発生する。自分はフリーになってみても、やっぱりそれがものすごく嫌だった。

もしかしたら、自分が起業して、代理店の機能から最も下請けのクリエイターの機能までも一括で引き受けられる会社を作れば、その場はオン・オフの切り替えがいらない場所になるんじゃないか?
そうなると、もっといいクリエイティブが出来るんじゃないか?

そんな考えからSUGOIという会社を起こしたのが、10年前のことだった。


5. なんで自分の作った場所にオン・オフが発生するんだ

自分は潔癖症なところがあって、ごく身内の親しい中でさえ、オンとオフ、表と裏の顔を発生させたくない
それが、どうしても生理的に気持ち悪くなってしまう。

家族なんてまさにそうだろう。
友人関係も、なるべくそういう感じにしたくない。
でも大抵の人が、プライベートな友人関係を「オフ」と捉えてるんだよね。
自分は、みんなの「オフ」だけの顔とは付き合いたくない。

だから、友人達と飲みに行っても「オン」な話をしてしまう
オフな、身内のネタで大盛り上がり、ということがどうしても出来ない。

子供の頃からずっとそうだった。
大人へと育っていけば、自分のこういう感覚と同じ人に出会えるんだろうか。期待しながら生きて来たけど、世の中ほとんどそんな人はいないということに、歳を取るほどに気付くばかりだった。

だから、本当に心の底から分かり合える友人、親友という存在が欲しいと思いながらも、今までそういう人に出会ったことがなかった。

そういう意味では家族という最小単位は親友なのかな。
子供とも、そういう風に付き合っていきたいけど、成長過程でどうなっていくんだろうか、まだわからない・・・。


2011年に、SUGOIという会社を立ち上げた。
当初は、映像ディレクターと二人。
会社にすれば仕事の幅も広がるので、だんだんと自分たちの手には余るようになってきた。

そこで、メンバーを増やしていこうと思ったんだけど、これがまた大変だった。

普通に採用をかけると、やっぱり普通の人が来る。
普通というのは、能力の話じゃない。
いい能力の人もやって来るけど、そういう人でもやっぱり普通に、「会社はオンの場所、本音は別のところ」という感覚で生きている。

自分はそう言う場所にしたくなかったのだけど、オンとオフというのは、上下関係があると発生してしまうんだよ。

自分は、社長という役職でありながら、最も社長らしくない社長でいたいと思ってきた。社員がちょっとでも自分を社長と思ってしまったら、上下を意識させてしまうからね。

社長なんていうのも、本当は「経営」という機能の一つ。
「制作」とか「総務」とかいう機能と、本当はフラットなはず。


自分の思うような組織づくりが難しいのは、社長から「ここには上下関係はないよ、フェアにいこう」なんて声掛けしても、逆に社員にとっては圧にしかなり得ないというところ。
これが構造というものの難しさだね。
これに悩んでいる経営者って、結構世の中に多いと思う。
自分の会社は居心地よくしておきたいと思いつつ、それが実現できずに諦めている、という経営者。


なんで、こんな風になってしまったのか。
おそらく、経営に関しては初心者の自分が、自分の中にある感覚に従わずに常識に沿ったリクルーティング、つまり「ディレクター募集」とか「制作募集」とか、機能にフォーカスした採用をしてしまっていたからなんだよね。
この10年、正直に言えば長いこと組織づくりは失敗だった。

その原因が、自分ではわからなかった。
数年前まで、こんな状態、自分が作った会社なのにオンとオフを使い分けなきゃいけない場になっているという、気持ちの悪い状態が続いてたんだ。

6. 上下関係を軽やかに無視していこう

そこに、子守という男が入ってきた。
今、SUGOIでCOOをしている。

彼が、全くのノーキャリアの状態で入ってきたんだ。
私は彼の、アメリカで仕事したかったけどビザが下りず無職の状態で奥さんにプロポーズした、という話をなぜか面接で聞きつつ、その話だけで彼と一緒に働きたいと思った。

これはクレイジーな決断だよね。
でも、動物的な直感が働いたんだ。
この人は、きっと私のことを社長という役職でなく、フラットな心の目で見る能力があるな、と。

採用してみると、勘は当たってて実際にそうだった。
勘に頼って採用した人がCOOだなんて、おかしな話だよね。
でも、実際に考え抜いて作ってきた組織が失敗してたんだから、これでいいんだと思う。


とは言いつつ、上手く行ったことには再現性を作ることが大事。
というわけで、ここから自分達のリクルーティングの方法は劇的に変わった。

コツは一つ。
「裏表のなさそうな人物を採る」
これだけだ。

自分がそうだったように、仕事の内容なんて経験がなくてもなんとか覚えられると思う。
それよりも、常識や上下関係、社会構造、こういうものに怯むことなく軽やかに無視し、フラットに、胸に愛を持って人生をかけて仕事をしようと思ってくれる人。
そういう人を探した方が、ものすごく伸びていくし、周りに与える影響も計り知れない。


人間って、コミュニケーションの動物だ。
だから、難しいことも何だって本当は「話せばわかる」。
話せないという状況は、裏と表を使い分けなきゃならない環境が生み出してると思うんだ。
だから話し合うことは大事だし、「話せない」と絶対に相手に思わせない環境づくりがすごく大事。

子守がSUGOIに入ってから自分の中の意識が変わり、「話せない」ことのない環境にしよう、と数年間随分と工夫を重ねてきた。
社内メンバーだけでなく、クライアントや協力会社に至るまで、全て。
上手くいく場合もあったし、いかない場合もある。
それは仕方ない。
また次に行こう、の繰り返し。

7. これがもしかして、親友という感覚なのか

そうしてるうちに、いつの間にか自分の会社が、なかなか心地よい場所になってきたという実感が生まれてきた。

メンバーたちは、程度の度合いはあるものの、みんな裏表なく互いに接している。
社外でもそうでいられるよう、心を配っている。
上下関係、会社という帰属先、そういうものを軽やかに無視して本音で付き合っていこう、そういうことを自分と一緒に日々心がけてくれているし、それが気持ちいいと思ってくれている。

そんな仲間と働いてて、なんと初めて、こんな気持ちが湧き出てきたんだ。
この人達は、親友なんだ、と。

彼らはもちろん、人生のタイミングでSUGOIから離れていくこともあるかと思う。
それが経営者として辛くても、親友としてなら、喜んで背中を押すことができるだろう。


子供の頃から、どうやって作るのかわからなかった「親友」。
オフで愚痴を共有し合わなければ、どうしても作れないものだと思っていた。
自分のように世の中の大多数の考えに共感する能力の低い人間には、一生出来ないのかもしれないと思っていたのに。

それが今は、裏表のない心地のいい状態を一緒に作り上げようと共に汗をかくこと、そうやって人生の一時期を並走することで、いつのまにかできている。
それが、何にも代え難く嬉しい。

ようやく自分の生き方に一区切りがついたような気持ち。
世の中の大多数の人がやってるようなやり方で、人とつながらなくても大丈夫なのかもしれない。
自分は自分のやり方で、オンとオフのないやり方でやっていっても大丈夫なんだと。
これを掴むまで、随分と回り道してきた。
でも今は、心の底から嬉しい気持ちだ。


4月1日に、新入社員があちこちに入社するタイミングで何か書いてみたいと思って、胸に湧き出てきたのが、これだった。

会社って、本当は悪いものじゃない
緊張するところじゃないし、自分が大きく見えるように振る舞う場所でもない。
お金だけ稼ぐ場所じゃないし、自分のことを搾取してくる場所だと決めつけるのも良くない。

中にはいろんな会社もあると思う。
だけど、自分の歩いてきた道のりを振り返ってみると、嫌だと思った会社からは離れたっていいんだ。
会社だけでなく、そういう給料をもらう働き方からだって、離れてもなんとかやっていけるもんだよ。

ただ、そういう時に大事にするのは、立場とか人脈だと思わない方がいい。
いい仕事を、裏表なく頑張ってやること。
どんな相手にも、裏表なく接していくこと。
自分の生活に、裏表を作ることを当たり前にしないこと。

そうすると、人生の満足感がものすごく高まる。
そういうものだと思うんだ。
何せ、自分は会社というものを通じて、生まれて初めて「親友」ができたんだから。


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「愛とアイデアのある」をモットーにしたクリエイティブ会社、SUGOIの代表|11期目|変化の世にこそ、クリエイティブを!|オープンキッチン経営で、捨て所のない働き方を実践中|変わる事が楽しいと思える仲間を増やしたい|経営者×クリエイター|ホログラム・プロジェクションマッピング