【エッセイ】デパートの屋上遊園地−香林坊大和−
再会
東京の友人と再会した(以下Aくんとする)。
Aくんは小学校の6年間と中学校の1年間を共に過ごした同級生だった。
僕には悲しいジンクスがあった。
仲良しとは長く一緒にいられなかったことだ。
仲良しの友人は親の転勤で遠くの地へ行ってしまうのだ。
Aくんもその一人だった。
PHSも持ってなかった時代、都会へ引っ越していったAくんとは年に一度の年賀状で繋がっていた。
携帯電話を持つ年齢になるとメールで頻繁ではなかったが連絡をとりあった。
たいしたことではなかった。
ただ元気かどうかの確認にすぎなかった。
僕の大好きなツイートである。
相互フォローのあめかたりさんの「出合いなおし」
もちろんAくんとは仲違いも行き違いもなかった。
縁とは本当に不思議なものだ。つくづくそう思う。
この「出合いなおし」は完璧に代弁してくれている。
極端にいえばAくんが転校していった20年以上前から今日まで顔を合わせず互いの人生を歩んできたのに、その年月もどこへやら。待ち合わせても電話で探らず姿を目にした瞬間Aくんだと確信できる目に見えない縁を僕らは持っていた。
僕はAくんと過ごした時間は少なかったがずっと友達だと思っていた。そしてそれは間違いではなかったと今日改めて確信した。
空白なんてそこにはなかった。
積もる話を少しずつ砕きながら僕らは話し合った。
珈琲を飲むのも忘れて。
照らし合わせ
諸用があり急遽金沢へ来ることが決まったAくんと先日の関東での震度5強の地震の安否確認のメールとが重なったことも縁といえる。
時間ある?あるよ。会おう。うん会おう。
それだけで決まった。
2日後にはこうして出合いなおしていた。
Aくんと20数年前の金沢と今の金沢の照らし合わせをした。
時間も限られていたので金沢の中心部に的を絞った。
Aくんの思い出(記憶の風景)の照らし合わせは僕の思い出(記憶の風景)の照らし合わせでもあった。
かつてはティーンエイジャーの街だった竪町を一緒に歩いて照らし合わせをした。
あったもの。あった店。あった風景。
なくなったもの。なくなった店。なくなった風景。
Aくんの発見に僕の発見も同行させてもらった。
圧倒的になくなったものが多かった。
廃れはしないこともわかっている。
照らし合わせは未来を描いた。
デパートの記憶
Aくんの記憶力には感服するしかなかった。
Aくんと話す自然の流れで「大和(だいわ)」に行こうとなった。
大和とは石川県で一番頂点に君臨し続けている百貨店、デパートである。
大和というブランド。大和というトレンディ。大和というステータス。
デパートには僕らの幼い頃の記憶のはじまりがある。
たまの日曜日にいつもよりおしゃれな服を着せてもらい親の運転する車に乗ってデパートへ行く。そこで買い物をしてお子様ランチを食べ屋上遊園地で遊ぶのが幼かった当時の僕らの楽しみだった。そしてそれらは年月を経てしあわせな思い出となる。
Aくんが中学1年まで過ごした金沢の思い出に大和は僕と同じようにしあわせな時間として記憶に残っていた。
大和に入るとまず化粧品コーナーの匂いが記憶を呼び覚ました。
匂いと記憶の連動性をこれ以上ない程体感した。
Aくんの「懐かしい」が僕にもひしひしと伝わってきた。僕だって懐かしいよ。今僕らは小学生に戻っているんだよと。言わなくてもわかりあえる気がした。
そして照らし合わせをしていった。
エスカレーターの手すりの色。変わってなかった。
床のタイルも、案内板も、変わってなかった。
ただ、お客さんの人数はまばらでそのことをAくんと声を合わせて話し合った。でも大丈夫。このデパートはなくならない。大和は僕らの、この地の象徴的な場所だから。
屋上のこども遊園地
Aくんと最上階までたどり着いた時、あれ?屋上に遊園地ってあったよねと上りのないエスカレーターに戸惑った。
こどもの頃、文字通り飛び跳ねて楽しんだ屋上のこども遊園地。
僕はとんでもない勘違いをしていた。
いつの間にか大和の屋上遊園地はなくなったものだと思い違いをしていたのだった。
その理由はなんだろうか。
ニュースでみたわけでもないのに…なぜもうなくなってしまったものだと思い込んでいたのか。
アニメ「花咲くいろは」で大和の屋上遊園地のシーンが描かれていた。
僕はあったよな…もうないんだよな…と、そのシーンで涙していたことを思い出した。
既にあの時点でなくなったものとしてかたづけてしまっていた。
だがAくんは、いや、階段で上ったはずだと僕を誘導してくれた。
そして、あったのだ。
屋上へつづく階段が。
僕は地元にいながらそんなことも気づかなかったことを恥じた。そして中学で金沢を離れたAくんの微かだがはっきりと信頼できる記憶に従い後についていった。
宝物を見つけたように。眩しい光の出口に駆けてゆくように。僕らは屋上のこども遊園地にたどり着いた。Aくんと僕は見合って感動の風を全身で浴びた。
*以下の写真は従業員の方に許可をいただき誰もいないことを確認した上で撮影しnoteに掲載しております。
Aくんとここで心の声を語り合った。
デパートの屋上こども遊園地は守っていってほしい、なくならないでほしいねと。
僕は本当にその通りだと深く頷いた。
そんな話をしている時も従業員さんは一生懸命に機械を磨き整備して手入れしてくれていた。
ここはゲーセンではない。
デパートの屋上こども遊園地なのだ。
雨上がりの濡れた地面に反射したドラえもんたちが新品のように誇らしげに光っていた。
Aくんはこの眺めを幼い頃に見たという。
ちゃんと覚えているという。
親に連れてきてもらって金沢の街を眺めていたことをしっかり覚えていた。
僕はAくんを金沢の同級生だとずっと思っている。関東へ、都会へ引っ越してしまったAくんがこっちの方言を少しだけ忘れても、Aくんはずっとこれからも7年間同じ学校に通った同級生だ。
「海がきこえる」の夕日のシーンを思い出していた。
なぁーんも、ぜんぜんいいわいね。
土佐弁ではなく金沢弁で僕はAくんに話しかける。これからも金沢弁で話しかける。
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