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【白い落果】 第2話 #1 病棟の人間模様(難病の少女 )

 それから数日後。

深夜の看護婦詰所に、ブザーが鳴り響き赤いランプが点滅した。

「三奈ちゃんだ」

京子は慌てて部屋に向かった。

余命半年の宣告を受けた、難病の少女「三奈」である。

病状が急変でもしたら大変だ。京子は気が気でならなかった。


 血液の病気で、現代医学では残念ながら治療方法がない。

万策尽きて、この病院に転院してきたのには、それなりの理由があった。

 三奈の父親は海外出張が多く、母親一人で懸命に三奈の看病をしてきた。

三奈には弟と妹がいたため、母親は子育てと病院通いで疲労困憊していたのであった。

 頼みの綱は、母方の祖母であったが、運悪く祖父も病に伏せたので、三奈の家まで簡単に通える状況にはなかった。


 そんな折、祖母の提案で京子の病院に移ることになったと言う。

ここなら祖母の家から近いので二日に一回は看病できるとのことだった。

母親までも倒れては…。

そんな想いから父親も頭を下げて、祖母の協力に縋ることにしたのである。


 京子は、三奈の手を握っていた。

幸い大事には至らず、胸の苦しみはすぐに治まったのである。

枕元の小さな灯りに浮かぶ、三奈の閉じた目から大粒の涙がこぼれていた。

 十歳の少女が、こんな大病と一人で闘っているのだ。

どんなにか怖い想いをしたことだろう。寂しさに打ちひしがれたことだろう。

京子は、そう思うと胸が潰れそうになった。


 三奈の手を両手で握りしめながら、京子は小声で呟くように童謡を歌いはじめた。

「夕焼け小焼けの 赤とんぼ 

 負われて見たのは いつの日か」


京子が子供のころ、祖母によく聞かされた唄だった。

遊び疲れたあとや、昼寝の時などに、祖母の膝で聞いていたのだった。

なぜか心地よく眠れた記憶が残っていた。


「山の畑の 桑の実を 

 小かごに摘んだは まぼろしか」


三奈が、この病院に初めてきた頃のことを京子は思い出していた。

 「大島京子です。よろしくね」

病室で三奈と対面したときだった。

青白い顔をして笑顔もなく、じっと京子を睨むように見つめたのである。


 入院した頃の三奈は、頑《かたく》なに口を閉じる日が多かった。

「なんで私が、こんな病院に来なきゃならないのよ。なんでみんな嬉しそうな笑顔してんのよ。そんなに楽しいの?」


そう言いたい気持ちを、グッとこらえての沈黙にも見えた。

 もしそうであったとしても、京子は何も言えなかった。

三奈の気持ちが痛いほど伝わってくるからである。

 それでも京子は毎日、笑顔で接することを止めなかった。

三奈がわざとベッドの布団で顔を隠していても

「三奈ちゃん、おはよう」

ポンポンと布団にタッチしては、声掛けを続けていたのである。

 ある日、京子は三奈の祖母と二人だけで話す機会があった。

「ご迷惑かけてすみません」

祖母は開口一番、京子に頭を下げた。

「とんでもないです。そんな…」

京子は、恐縮しながら手を横に振った。


 三奈が診察に行っている間、京子は部屋にいた祖母に話しかけたのである。

入院してからの三奈ちゃんのことや、両親とのこと、前の病院でのことなども聞きたかった。

 おばあちゃんから見た三奈ちゃんのことが知りたかったのである。

「あの子、みんな分かってるんですよ。利口な子だから…」


 京子は、大きく頷きながら祖母の話に耳を傾けた。

祖母は、目頭を赤くして続けた。

「前の病院にいた時、見舞いに行ったんですよ。その時にね」

「おばあちゃん、ごめんね。こんな病気になって、お母さんも大変なのよねって、言ったんですよ」

祖母はハンカチで顔を抑えながら言った。

「もう、わたしは辛くて辛くて…。代われるものなら、変わってあげたいです」


 京子は、今にも倒れそうな祖母を両手で支える様にして

「おばあちゃん、ごめんなさいネ。辛いお話をさせてしまって。少し横になりましょう」

だが祖母は毅然として、私がしっかりしなければいけないんだ、という素振りで前をじっと見据えていた。


   そんな祖母の話を想い浮かべながら、京子は三奈の顔を見つめていた。

三奈の目頭をガーゼでそっと拭くと、三奈は少し顔を左右に動かしながら息を吐いた。


「十五でねえやは 嫁に行き 

 お里の便りも 絶え果てた」

「夕焼け小焼けの 赤とんぼ 

 とまっているよ 竿の先」


三奈はいつしか眠りについていた。

 京子は、握りしめていた三奈の手を、そっと布団の中に入れ、枕元の灯りを消した。

 廊下を、看護婦が走る音がする。京子は立ち上がり、三奈の部屋をあとにした。


【白い落果】第2話 #2 病棟の人間模様(女の葛藤 )

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)

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