【白い落果】第4話 #1 男と女の性 (三奈の告白 )
外来勤務から、再び病棟勤務に移った京子は、三奈の部屋に向かった。
折り鶴が増えていた。
祖母が手伝ってくれたらしく、楽しそうでもあり、そして目標ができたことが影響したのか、顔色もよくなっていた。
「三奈ちゃん、ずいぶん元気になったわね」
京子は、ベッドに腰かけ三奈の髪を撫でた。
「食事どう、美味しい?」
「うん、おいしい」
三奈は、鶴を折りながら言った。
「そう、じゃぁ大丈夫だ。頑張ろうね。お父さんもお母さんも喜ぶわよ」
京子が、両親の言葉を口にしたとたん、三奈は不機嫌な顔をした。
一瞬、ハッとした京子は、親子の間に何かが横たわっているかも知れないと思った。
敏感で感受性の強い三奈の心には、まだ晴れていない霧のようなものが、きっとあるのかも知れない。
看護婦がどこまで、患者のプライベートに立ち入ってもいいのか。
そこはいつも悩み苦しむところでもあった。
「おばあちゃん、明日見えるの?」
「おじいちゃんが…」
「えっ、おじいちゃん具合よくないの?」
「うん」
「まぁ、大変ね。大丈夫かな」
三奈は、たんたんと一点を見つめるかのように、鶴を折っていた。
「京子ねえちゃんの、おじいちゃんは?」
「うちの、おじいちゃんね。もう天国にいっちゃったの」
「おばあちゃんは?」
「おばあちゃんも」
「やさしかった?」
「うん、とっても…。おじいちゃん、おばあちゃんってね。孫が可愛くて仕方がないみたいなのよね」
「どうして?」
三奈の素朴な疑問に、京子は
「おねえちゃんも、まだ経験してないから分からないけどね。
自分の子供はね、ほら仕事や子育てで忙しいでしょ。
あぁもしてあげたい、こうもしてあげたいと、心で思っていてもね。
子供が二人も三人もいたら、なおのこと手が回らないわよね」
三奈は、手を止めて京子を見つめた。
「そんな後悔とか、申し訳ないという気持ちが、心のどこかにずっと残ったまま、いつしか歳をとっていくでしょ」
「うん」
「でもね。孫が生まれるとね。
ほんとに可愛いらしいの。
そして自分の子供にしてあげれなかったことを、全部してあげたくなるんだって。
罪滅ぼしみたいだね」
「そうなんだ」
三奈は、また鶴を折り始めた。
そして、固い表情で
「おとうさんね。浮気してるんだって」
突然の、三奈の言葉に京子は、身体が縮む思いがした。
三奈の話によると、家にいた時、母が祖母に電話をしているのが聞こえたと言うのである。
母は泣いていたんだと…。
京子は、どういう言葉を返したらいいのか必死で探していた。
すると三奈は
「お母さんもいけないの。お父さんにつらく当たってばかりいたから」
京子はまた驚いた。
十歳の少女が、こんな冷静に、親の状況を説明するのである。
自分が十歳の頃は、どんなであったろうか?
今更ながら恥ずかしくもなった。
三奈は、鶴を折っていた手を休め、京子の顔を覗きこんだ。
すると京子は
「三奈ちゃん、ごめんね。おねえちゃん、何にも知らなくて…。
いま三奈ちゃんに、どうしてあげたらいいか。
その言葉さえ見つからないの。ダメなおねえちゃんでしょ」
三奈は、首を横に振り京子の手を握った。
「わたし、京子ねえちゃんのような看護婦になるの。
だから、おねえちゃんが好き」
三奈から前にも聞いた言葉だったが、今回は胸をえぐられるようだった。
「うれしい。ありがとうね。三奈ちゃん」
三奈の手を、ギュッと握り返しながらも、京子は罪悪感で一杯の自分が、恥ずかしくて仕方がなかった。
【白い落果】第4話 #2 男と女の性(幸代の告白 )
【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤)
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?)
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性)
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)完
よろしければ「サポート」をお願い申し上げます。頂いたサポートは、クリエーターとしての活動費に使わせて頂きます。(;_;)/~~~