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【白い落果】第4話 #2 男と女の性 (幸代の告白 )

 病棟の一日も、あっという間にめまぐるしく過ぎていった。

詰所で、幸代の顔を見た京子は無意識に声をかけていた。

「時間ある?」

以前から松子と対立していた、幸代の話も聞いてみたいと思っていたからである。

 食堂の隅で、京子は幸代の隣に座った。

車で通勤している幸代は、京子のひとつ下であったが、どちらかと言うと大人しいほうであった。

しかし、松子のような振る舞いは許せないと思っていたらしい。

「仕事ができるからと言って、言葉遣いが横柄なのは論外ですよね」

幸代は、バッサリと松子を切り捨てた。


 犬猿の仲と言ってしまえば、それまでだが京子に、どうにか出来る訳でもない。

ただ幸代の口から聞いてみたいと思っていただけであった。

そんな幸代が続けた。

「わたしも悪いとは思っているんだけど、つい言ってしまうんですよ」

 黙って頷く京子に幸代は

「でも婦長も婦長ですよね。自分が言いたいことを、松子が言ってくれてるんですから」

 患者に言いにくいことを言って、診察の流れを速くする。

それは婦長が最も望んでいることではないか、と幸代は訴えたのである。

 京子は反論もできなかった。

「松子はテキパキ仕事はするし、婦長にとっては都合がいいですよね。だから私を病棟に回したんでしょ」

 確かに、そういう理屈も成り立つと京子も思った。

だが幸代は、案外サバサバしていたので、京子は少し安堵した。

「別にいいんです。病棟だろうが、外来だろうが。いまは済々しているんですよ」

と、幸代は笑顔も見せてくれた。


 人は人、わたしはわたし。

そんな風に京子は感じたのである。


「京子さんって、木村さんの担当ですよね」

幸代は、ふいに話題を変えてきた。

「はい、そうですけど」

京子は、ギクッとした。

何か知っているのだろうか。

そんな恐れさえ感じていた。

「わたしの友達がね、木村さんの奥さんの下で働いているんですよ」

京子は内心驚いたが、敢えて平静を装った。

「社長の娘さんというのは聞いています」

と、京子は自然体で応えた。

「若い男がいるみたいですよ」

幸代はさらに続けた。

「美人だし、社長の娘だし、経理部長ですからね。部下の男ならイチコロですよ」

「それは事実なんでしょうか」

京子の口から、思わず出た言葉だった。

「部内では、皆知っているようです」

幸代はタメ息をつきながら言った。

「ご主人、気の毒だわね」

と、幸代は続けたのである。


 幸代は、帰宅の時間があるのでと、席を立ったが、京子が聴いてくれたので、スッキリしたと嬉しそうに食堂をあとにした。


 松子は松子で、幸代は幸代で、それぞれが何かを背負って生きている。

 食堂のテレビに、海辺を歩く親子連れが映し出されていた。

寄せては返す浜辺の波のように、毎日毎日繰り返す平凡なこと。

それがどんなに非凡なことであるか。

京子は自分の仕事に重ね合わせながら、ちょっぴり不甲斐なさを感じるのであった。


 京子は、食事を終えたあと、ボンヤリしながら寮へと向かった。

木村の奥さんが若い男と…。

幸代の言葉がチラついてきた。

 そして、京子も木村が気の毒に思えてきたのだが、そんな自分にもまた、嫌悪感を抱くのであった。


【白い落果】第4話 #3 男と女の性(婦長の蜜月 )

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)

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