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【白い落果】第1話 #2 束の間の休養~温泉へ (京子の人間関係)

 今年もあと二か月ちょっとで終わり、また新しい年を迎えるのだ。

 京子は部屋に戻ると、窓越しに広がる景色に見とれていた。山肌を埋め尽くす、様々な樹々たちの群れ。

青い葉もあれば黄色い葉もある。紅く色づき始めた木もある。背が高くて逞しい樹木もあれば、今にも谷へ落ちそうな枝もある。

 人間と同じなんだ。必ずいつか散って行くんだ。京子はそう思った。

「あの子は、どうなるのだろう?」

ふと京子は思い浮かべていた。

難病で余命半年の少女のことである。お盆過ぎに京子の病院に移ってきたのだった。

 京子の勤める病院は個人病院だが、院長は名医と慕われ、毎日患者で溢れかえっているのだった。

田舎でもない街でもない、その中間の位置にポツンと建っている。

 一本の道路と、単線電車が並行して走っていて、バス停や駅から歩いて五、六分の場所にその病院はあった。

 院長が先代から引き継いだものらしい。古い木造の小学校みたいな構造で、教室を小型化したような病室が三十ほどあった。

その建物の向かい側の丘に、京子と由美が住む寮棟が建っている。

 院長は初老の領域に入ってはいるが、とても精力的で患者ともしっかり向き合うので信頼が厚かった。

朝は七時すぎから待合室に患者が集い、夜も八時過ぎまで診療が続いた。

 待合室だけでは収まりきらず、廊下の椅子もいっぱいになるので、診察室の中にも患者が待機しているのだった。

 他の病院では、駄目だと宣告された人でさえ、この院長は受け入れた。最後まで看取るのである。そういう信念は父親譲りだと京子も聞いていた。

 それゆえに看護婦達は大変なのだ。

大勢の通院患者、そして入院患者もいる。内科と外科なので手術もある。入院患者の回診は夜の九時、十時はザラであった。


 手術も、遅い時は夜中になることもよくあった。噂は口コミで広がり、遠方からも診察に訪れたのである。

 タバコの大好きな院長は、いつも灰皿が山盛りだった。レントゲン写真を見る時も、先ずはタバコに火をつける。一服吸って、フーッと煙を吐きながら目を凝らして写真を見つめるのである。


 そんな院長の姿を、多くの患者が目にしているが、タバコのことを誰一人文句を言う者はいない。それが名医の風格であった。

 院長にとっては時間など関係ないのだ。個々の患者としっかり向き合い、どうやって治療すべきか。ただそれだけであった。


 昨年暮れのこと、若い男性が訪れた。

レントゲン検査で、足の骨に異常が見られるので、年明けに手術が必要だと院長から告げられた。

だが男性は、会社勤めなので年末年始の休みを使いたいから、すぐ手術して欲しいと院長に懇願した。

「正月にかかるのは嫌だなぁ」

と院長は渋った。


 だが若い男性は、子供が生まれたばかりだし、欠勤もできるだけ少なくしたい。だから何とか頼むと食い下がった。


 黙ってカレンダーを見つめていた院長は

「やるなら明日だぞ」

男性は笑顔で大きく頷いた。

その翌日は大晦日の前日だった。しかも、手術が始まったのは、夜の十一時だったのである。


 手術中、院長は驚いた様子で

「今日、手術して良かったなぁ。少し遅れたら片足失くすとこだったぞ」

足の骨が腐る骨髄炎だと判明したのである。


 かくしてその男性は、二か月半の入院で無事に退院できたのであった。

 こうした事例は数え切れないほどあった。


 院長は、そういう医師としての矜持を貫いていた。

一方で、婦長や事務長・受付職員達は、患者との板挟みになって苦しんでいた。

 どうやって、今日の来院者を時間までに無事終わらせるか。

どこで受付を打ち切りにするか、その駆け引きに追われる毎日だった。


   京子は性格上、テンポが少し遅い。そのことで婦長から叱られるのである。

 院長が患者に、新しいガーゼを被せようとするタイミングで、スッとガーゼが出てなければ、院長のカミナリが落ちるのだ。

 京子はワンテンポ遅れるので、婦長も手を焼いていたのである。

 だが、そんな京子にも患者から慕われる理由があった。

入院患者の部屋を回ったりしても、真剣に話しを聞くのである。

患者にとっては、別に解決しなくてもいいのである。

 聞いてくれる、ただそれだけで気持ちが晴れやかになるのだった。


 婦長は婦長で

「時間ばかりかけないで、さっさと次の仕事に移りなさい」

と、京子に注意するのである。

 由美は京子と反対で、テキパキと仕事をこなし、婦長の信頼も厚かった。

やがて京子は外来よりも病棟の勤務時間が多くなった。


【白い落果】第1話 #3 束の間の休養~温泉へ(真夜中の秘めごと)

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)


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