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【白い落果】第3話 #2 京子の外来(婦長の秘密?)

 また午後からの戦争が待っている。

京子はふとルバング島のジャングルで、二十九年間も一人で戦争を続けていた小野田元少尉のことが浮かんできた。

 わたしの戦争なんか、ままごとみたいだと苦笑いしながら食堂をあとにした。

 そして京子は、外来に向かう廊下を歩いているとき、ふと松子が意味深なことを口走ったのが気になって、思い返していた。

「婦長にしても、由美さんにしても、自分を抑えているのにストレスにならないのかしらね。それがとっても不思議。どこかで発散しているのかしら」

 松子は、そう言って京子の顔を覗き込んだのである。

その時は、何とも思わずに聞き流していたのだが、いま思い返すと何か変な気がしてきた。

 松子の、うすら笑いが妙に自信ありげだったのである。

「わたしはね、あなたの知らないことを知っているんですよ」 

と言っているようにも思えてきたのだった。


 松子は、婦長や由美の秘密でも知っているのだろうか。

知っているから、ああいう言い方をしてきたのだ。いったい何だろう。

 京子は、少し疑心悪鬼になっている自分に気づいた。

いけない、いけないと自制しつつも、自分が知らないだけで、回りが知っていることだってあるのだ。

そんな妄想を巡らせながら、外来の仕事に就いたのだった。

 休みの前日に、京子は由美の部屋でくつろいでいた。

暦はもう十二月に入っている。

 由美の部屋は、いつも綺麗に整理整頓されていた。

京子には、とても真似ができないことなのでいつも感心していたのである。

 ソファーに座っている二人の前には、透明のガラステーブルがある。

ピンクのクロスが敷かれて、そこにはワインがあった。

もう半分くらい無くなっていた。

 由美がまた、グラスを口にしている。

「でも、それだけ由美は信頼されている訳だから、いいことじゃないの」

京子は、腕組みしながら言った。

「わたしは、どっちでもいいんだけどね」

どうやら婦長の後任を、由美にしたいという考えが婦長にあるらしい。

今すぐではないのだが、そのために院長の傍で、いろいろ学んだりさせられていると言うのだった。

「でも、婦長はまだ四十代半ばよね。あと十年やそこら出来る筈よ」

京子は、けげんそうに由美を見つめた。

「よくは分かんないけどね、いろいろ事情があるらしいのよ」

由美は皿のお菓子をつまむと、壁にかかっている風景画を見ながら独り言のように呟いたのだった。

「どんな事情?」

「さぁね。男と女の事情かも…」

由美は、ポリポリと口の中でお菓子を噛みながら、ピントのぼやけた目をして言った。

「そんなことあるの、婦長に」

京子は、半信半疑で言った。

「冗談よ。何の根拠もないわ。ただの噂…」

由美はまたワインを手にすると、一気に空けてしまった。

 京子もワインを口に運んだ。

そして、ただの噂ほど真実味があるものなのだ。

と心の中で呟いたのである。


 由美が、ソファーにもたれて眠そうにしたので、京子は部屋に戻ることにした。

「由美、ベッドで休んだら。わたし帰るね」

もう十二時ちかくになっていた。


 明日は、久し振りにゆっくりできる。

そんなことさえも今の京子には、何より嬉しいことであった。


【白い落果】第4話 #1 男と女の性 (三奈の告白 )

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)


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