見出し画像

青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-10

インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

PREV STORY
第5レース 第9組 夏風に寄せて

第5レース 第10組 あの時、キミに言えなかったこと

『俊平くん、勝手にメニュー増やしちゃダメだよ』
 昨日のリハビリで、理学療法士の野上先生が俊平の体の状態を見て、見透かしたように言った。
『増やしてないです』
 棒読みでしらばっくれると、野上先生が困ったように眉をへの字にした。
『嘘ついちゃダメだよ。触ればわかるんだからね。炎症してるよ。痛くない?』
『……少し、ぐらつくかなとは』
『ランニングの後は患部を冷やすように』
『それはやってます』
『ちょっとメニュー減らそうか?』
『え』
『不満そうな顔してもダメだよー。きみが悪いんだからね』
『……物足りないんですよ』
『俊平くんは努力家だからたくさん頑張っちゃうのも分かるし、その結果、ランニング再開の許可も早くなったんだけど、それで調子に乗ると、どこかでまた痛める可能性もあるから。もうしばらくは言うこと聞いてくれないかなぁ』
『わかり、まし、た』
 野上先生と目を合わせることなく、仕方なく頷く。
『こういうタイミングで痛めてやり直しになる人多いんだ。今は我慢の時だからさ』
 我慢……?
 我慢なんてずっとしてきた。
 できない自分への我慢。分かってくれない周囲への我慢。思い通りに行かなかった環境への我慢。傍にいてくれると信じていた人とすれ違ってしまってどうすればいいのか分からなくなってしまってからの我慢。
 ずっと鼓舞して、苦しくてもひたすら走ってきた。その努力が途切れるのが怖い。そんなのは当たり前のことじゃないか。
 我慢しろなんて、自分の努力の何も見てきていない人に言われたくない。
『……オレには……』
 ――陸上しかないのに。

:::::::::::::::::::

 膝に負担をかけないペースで走っていると、スマートフォンの着信音が鳴ったので、ゆっくりと止まった。
 お化け屋敷は駅近くの倉庫を利用しているので、神社からは少し距離がある。
 呼吸を整え、溢れ出してくる汗を甚平の袖で拭ってから、俊平はスマートフォンを通話に切り替えた。グループ通話の状態になっているようだ。
「しゅんぺー、お前、速い!」
「足しか取り柄ないからな」
「瀬能さんに言ったことはお前にだって適用されるんだから、あんまり走るな。サンダルだろ!」
 スマートフォンの向こう側で怒る和斗に、俊平はスマートフォンを耳から遠ざけて、ため息を吐く。
「ユウもカズもうるさいんだよなぁ……」
「お前、聞こえてるぞ!」
「聞こえるように言ったんだよ」
 悪態をついていると、会話が途切れるのを待っていたのか、舞先生の声が割って入ってきた。
「あたしも今向かってるところ。俊平はまずさやかと合流してくれる?」
「わかりましたー。遠野さんは今どの辺すか?」
「私は神社の境内見てきたところ。シュウちゃんと賢吾さんが、商店街のほう見て回ってくれてます」
「わっかりましたー」
「神社、ちょっと広くて。人も多いし」
「知ってます。あんまり無理しないで鳥居のところにいてください」
「本当にごめんなさい。見てるって言ったのに」
「やー、あの年頃って好奇心オーセーじゃないすか。遠野さんのせいじゃないっすよ。じゃ、電池なくなるので一旦切りますね!」
 明るい調子で返し、通話を切る。路地から出ると、商店街の通りに入った。
 夏祭りで賑わう商店街通りは、今がピークの時間帯なのか、片田舎にしてはなかなかの人通りだった。
 この中を走って怪我でもしたらそれこそ本末転倒だ。和斗の説教を思い返しつつ、仕方がないのでここからは歩くことにした。
 暑くなって甚平の袖を捲る。
 ぼんやりと夜空を見上げると、一条、星が流れてゆくのが見えた。
「あれ? 俊平さん?」
 歩いていると、わたあめ袋を持った、ポニーテールの奈緒子が声を掛けてきた。いつもと髪型が違うから一瞬誰か分からなかった。
「ナオコちゃんも来てたのか。その髪型可愛いね」
「さっき人にぶつかって、その拍子にヘアゴムが切れちゃいまして」
 すぐに切り替えてニッカシ笑うと、奈緒子も嬉しそうに笑ってくれた。
「俊平さん、甚平似合いますね」
「なんだよ、おだてても何も出ないよ?」
「誉めてもらったのでお返しです☆」
 その後ろに、黒髪ストレートが綺麗な少女とショートカットヘアの少女が立っている。こちらを見上げてニコニコ笑っている。
「え、と」
「あ、メグミとチヒロです。1回、病院で会ってるんですけど、覚えてないですよね?」
「あー、ごめん。人の顔、見てないこと多くて」
「いつも、奈緒子がお世話になってます~」
 メグミと紹介された子がそう言ってペコリと頭を下げてきたので、つられて俊平も頭を下げる。
「俊平さん、カノジョさんと来てるんですか……?」
 奈緒子が少し考えてからそう尋ねてきた。俊平はその言葉に瞬きを返し、数秒間を置いてから笑う。
「いや、友達とだよ。どうして?」
「……この前、一緒に来てた方、カノジョさんかなーって」
 この前というのは、拓海の演奏会のことだ。あの時、奈緒子はこちらに気が付いていたが、決して話しかけては来なかった。
「あー……うん。でも、別れたから」
「えっ?!」
 奈緒子よりも、後ろで見守っていたメグミが大きな声を上げたので、びっくりしてそちらを見る。
「あ、すみません。で、お友達と来てるのに、今は?」
「あ、友達の弟が迷子になってさ。小学2年生の男の子なんだけど、見なかった? 甚平着てるんだけど」
 はぐらかすように尋ねてくるメグミに、ちょうどいいので俊平は問い返す。
 3人は顔を見合わせ、少し考えてから奈緒子が代表して答えてくれた。
「神社で、一生懸命お祈りしている男の子なら見ました」
「それ、どのくらい前?」
「20分くらい前……ですかね。そろそろ、私たちは帰らないといけない時間だから最後にお参りしてきたんです」
「あー、もう、そんな時間か。ありがとう! 3人とも、気を付けて帰ってね!」
「また、病院で」
 奈緒子の言葉に俊平はヒラヒラと手を振って応える。
 俊平が3人と別れた後、背中から中学生トリオのテンションの高いやり取りが聞こえてきたが、周りがうるさくて何を話しているのかまでは分からなかった。
 人波をかわしながら神社の前にたどり着くと、大きな鳥居の傍に不安げな表情でスマートフォンを見つめている遠野の姿があった。
「遠野さん!」
「あ、え、と……しゅんぺいくん」
 舞先生も拓海もそう呼んでいたので、遠野が倣うようにそう呼んできた。
「神社の中ってどこまで見ました?」
「本殿だけ。お社がたくさんあるみたいだったからみんなと合流してから手分けしたほうがいいかなって思って」
「オレ、裏の鳥居から回ってみるので、みんな来たら、まだ見てないところ見てもらっていいすか?」
「わかった」
 遠野が頷いたのを見届けてから、俊平はゆっくり駆け出した。
 急に走り出したことに膝がびっくりしたのか、収まりの悪い感覚がする。
「オレの体だろ。言うこと聞け」
 それがうざったく感じて、俊平はぼそりとこぼした。

:::::::::::::::::::

 裏鳥居にたどり着いて、肩で汗を拭う。膝の違和感を気にしつつ、俊平は声を張った。
「アサキー!」
 裏鳥居のほうには人がおらず、俊平の声は山にぶつかって、少ししてから返ってきた。
 探すことを最優先でここまで来たけれど、裏鳥居は表の参道ほど明るくないので、怖いのが得意でない俊平には向いていない空間だった。
「あー……なんか出そう……」
「久しぶりだね」
 耳元で声がした。周りを見回しても誰もいなかった。
 ざざっと夏に似つかわしくない冷たい風が吹き、俊平は鳥肌が立つのを感じる。
「もう来てくれないかと思った。元気そうでよかったよ」
 軽やかに声だけがする。姿は見えなかった。俊平はきょろきょろと辺りを見回す。
 妙な懐かしさがあって、お化け屋敷の時のような臆病おばけは顔を出さなかった。
「見えなくなっちゃったのか。残念だな」
「なん、お前、誰?」
「……大丈夫だよ。それでも、約束は守るから」
「約束?」
 言っていることが分からずに首をかしげていると、誰かが玉砂利を蹴りながら走ってくる音がした。
「俊平お兄ちゃん!」
 麻樹の声に反応してそちらを見る。その瞬間、ざざっと風が吹いた。その後、不思議な声は聞こえなくなった。
「アサキ、お前、どこにいたんだよー」
「奥にお参りに行ったら、急にトーローの火が消えちゃって。泣いてたらヨーセーさんが助けてくれた」
「は?」
「すっごいかわいいヨーセーさんだったよ!」
「なんかよくわからんけど、お前が無事でよかったよ。瀬能に連絡するからちょっと待ってろ」
「……もしかして、みんなさがしてくれてたの?」
「遠野さんが一番慌ててたからちゃんとあとで謝れよ?」
「あ、あ、ごめんなさい……」
 スマートフォンを操作して瀬能に電話を掛けると、すぐに出た。
「谷川、見つかった?!」
 あまりの声の鋭さに耳がキーンとした。浴衣じゃなかったら、俊平が止める隙もなく、一瞬で駆けて行ってしまったろうからこんな声にもなるか。
「裏鳥居のほう回ってたら出てきた。アサキに代わる」
 俊平はすぐにアサキの耳元にスマートフォンを持っていってやる。
「お、お姉ちゃん、ごめんなさい。お参りしてただけなの」
「どこも怪我してない?」
「だいじょうぶだよ。お参りしてただけだから」
 申し訳なさそうな麻樹の表情。分別のつかない子には見えなかったけれど、それほど大事な用事だったのだろうか。
「寿命が縮むかと思った……」
「だいじょうぶだよ。このあたりなら遠足で来たことあるし」
「それでも、夜なんだから危ないんだよ」
「だいじょうぶだよ」
「もう、むちゃしないでね……。アサはまだ小さいんだから」
「だいじょうぶだって言ってるでしょ?!」
「アサ……?」
 あまりにも心配の声を重ねる姉に、むーっと麻樹は頬を膨らませて眉間にしわを寄せた。
 俊平はその様子に、機転を利かせて、スマートフォンを引っ込める。
「瀬能、ごめん、電池なくなりそうだからそろそろ切るわ。表の鳥居の前で集合で」
 そう言って、すぐに通話を切り、ポケットにスマートフォンを押し込だ。
 麻樹が悔しそうに唇を突っ尖らせている。
「いい姉ちゃんだな」
「カホゴなんだよ」
「それだけ、お前さんのことが大事なんだろ」
「わかってるよ。わかってるけど……ぼくなんかいなきゃ、お姉ちゃんはもっと自由だったのに」
『あたしなんていなきゃよかった』
 麻樹の言葉に、邑香が自分に向かって言った言葉が重なった。
 麻樹は今にも泣きそうな顔でそう言うと、ぐすっと洟をすすり上げた。
「……アサキ、それ、絶対姉ちゃんの前では言うなよ」
「え?」
「お前はそう思ってても、瀬能は、絶対そんなこと思ってないから。絶対に言うなよ」
 あの時、彼女に言えなかった言葉。
 ――オレはそんなこと思ってない。傍にいてほしい。
 言いたかったのに、言えなかった言葉。言わせてもらえなかった言葉。
 ――傍にいてくれよ。オレには、お前と陸上しかないのに。
 思い返して、下唇を噛む。が、麻樹と一緒にいるから表情には出さないように努めた。
「お姉ちゃんのやりたいことをするには、ぼくがじゃまなのに?」
「瀬能は絶対そんなこと思ってない」
「……じゃ、ぼくはどうしたらいいの? お姉ちゃんはぼくがいるから、好きなことを選べないのに」
「わかんねーだろ、そんなの」
「え?」
「ちゃんと話せばいいんだよ」
 そんな簡単なことだったのに、2人はできなかったから。だからこそ、話さなきゃいけないんだ。

NEXT STORY
第5レース 第11組 描いた星図のその先は


感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓ 
WEB拍手
感想用メールフォーム
 ※感想用メールフォームはMAIL、お名前未入力でも送れます。

もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)