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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-11

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第5レース 第10組 あの時、キミに言えなかったこと

第5レース 第11組 描いた星図のその先は

 夏休み前の三者面談。
 担任の伊倉先生から大阪の体育大学への推薦枠を綾に割り振ろうと考えているという話が出た。
 推薦の枠は限られているので、どうするか検討して早めに回答が欲しいとのことだった。
 けれど、綾が口を開く前に、母がすぐに返した。
「バスケットボールで生活なんてできるんですかねぇ」
 伊倉先生は綾を気にするように視線を寄越したが、大学に行くお金は親が出すのだ。綾に選択の自由はなかった。

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『瀬能、いっつもここで練習してんの?』
 昨夜、運動公園のバスケットコートでシュート練習をしていたら、谷川がそう声を掛けてきた。
 文化祭の話し合いでひよりたちといる時以外は極力受験勉強に割いているので、溜まったストレスを発散するため、21時頃は綾がこのコートを占領していた。
 中学からずっと2時間以上の部活練習が当たり前だったのに、軽いランニングと数十分のシュート練習しか行えない今には不安ばかりが過ぎる。引退してしまったので、練習を見に行くことはできても、一緒に同じくらいハードに動くことはできない。大学に行けばまた元の生活に戻せるのだろうか。でも、県内にバスケの強い大学はない。高校と同じ歯痒さを感じながらプレーすることになるだろう。どうするのが最良なのか、全く分からない。
『1人で練習するって難しいね』
 ストレッチをしながら綾の練習を見ていた谷川に、綾はぽろっと愚痴をこぼした。
『団体競技はそうかもな』
『……あ』
『オレはずっと1人だったからよくわかんねーや』
 寂しそうにそう言うと、谷川は開脚した状態で地面にべたっと上半身をくっつけた。筋肉ムキムキで固そうな四角形をしているのに、とても体が柔らかい。
『今日は走らないの?』
『怒られたんだよ』
『怒られた?』
『勝手に倍のメニューやってるのがバレて』
 拗ねた様子で腕を組んでそう言う谷川は、いたずらがばれた子どものようだった。
『……何やってんのよ』
『だって、元に戻すのがオレの目的じゃねーし』
『それで、また痛めて遠回りすることになったらどうすんのよ。せっかく、好きな進路選べるんでしょ。そのくらい辛抱しなさいよ』
 綾の言い方が引っかかったのか、谷川が眉間にしわを寄せた。
『え? 瀬能は選ばないの? そんなにバスケが好きなのに』
『みんながみんな、アンタみたいに恵まれてるわけじゃないんだから』
 綾の言葉を受けて、谷川が眉をへの字にし、自嘲気味に笑った。
『なによ』
『べっつに、恵まれてねーよぉ』
『は? それ本気で言ってる?』
『……恵まれてるように見えるかよ?』
 膝のサポーターを巻き直しながら、苦笑いして谷川が言う。
 続けるための苦労がないだけ恵まれている、なんて言葉、彼に言うのは失礼なことだった。
 彼は積み重ねた努力を、怪我でゼロにされているのだ。それは全然恵まれていない。
『ごめん』
『いや……お前にも色々あるんだよな、きっと』
 谷川が真面目な顔でこちらを見つめてくる。
『谷川ってさ、将来設計とか考えたことある?』
『将来設計?』
『アタシは割と考えちゃうんだよね。バスケ強いところに行ったところでその先どうするの? って』
『……今は走ることしか考えてねーよ』
『それがダメになったらどうするの?』
『なんで、ダメになった時のこと、今考えなきゃなんないの?』
『え?』
『オレは、オレのことを信じてる。まだやれるって思ってるからやるって決めた。それなのに、ダメになった時のことを考えると思うか?』
『あ……』
 陸上の話をする時、彼は普段の軽薄な様子は微塵も見せることがない。
 トゲトゲして余裕がない硬さ。それでも、陸上への誠意が透けて見える話し方だった。
『ダメになったら、なんて言い訳だよ』
『谷川は強いのね』
『強くはないよ』
『え……?』
『それ以外の生き方がわかんねーだけだよ』
 グルリと首を回して、谷川が立ち上がる。両手を広げて、ボールを寄越せというポーズを取ったので、綾は軽くボールを放ってやる。
 ボールを受け取って、谷川は片手でボールを握る。
『羨ましいわね。ほんと、アンタの体』
『スポーツなんて、金掛かるばっかだから、親の説得とか難しいよな』
 ひょいひょいとボールを両手の間で往復させ、考えるように谷川が言う。
『高校進学の時とか、揉めなかった?』
『うちは、お金のことよりも家のことで揉めたかな……』
『そうなんだ? それも大変だな』
 綾の言葉に共感を示した後で、考え込むように目を細める谷川。
『スポーツ特待の話が来てたんだ、中学の時』
『へぇ……』
 やっぱり、この男は綾とは次元の違う世界にいるらしい。
『本当にやりたいならやればいい、とは親も言ってくれたんだけど、スポーツ特待ってことは、結果が伴わなかったら資格を失う可能性もあるってことも、調べて説明してくれたんだ。うちの親』
『よく聞くよね、そういう話』
 円佳もスポーツ特待で大学に進んだ。今のところ、その懸念はないようで、綾も安堵している。
『オレは、あの時、自分を信じられなかったんだよ』
『あ……』
『だから、今度は信じたいんだ』
『そう。羨ましいね、アンタの生き方』
『瀬能もさ』
『え?』
『羨ましい、じゃなくて、どうしたらそうできるか、考えたほうがいいんじゃないの?』
 それが出来たら苦労しないんだよ、ということを、谷川は涼しい顔で言ってくる。
 綾はその言葉に、目を閉じて、ん-と唸り声だけ返した。
 やっぱり、綾はこの男が嫌いだ。

:::::::::::::::::::

「はー、よかったぁ」
 通話が切れた後、すぐに綾はそう言ってひよりの肩にもたれかかった。ひよりも小柄ながら、きちんとそれを支えてくれる。
 麻樹が怒ったトーンのまま、電話が切れたのは気がかりではあるものの、見つかったことが嬉しくて、そんなことはどうでもよくなってしまった。
 綾とひよりに引率するように歩いていた月代が、スマートフォンをひょいひょいと操作して、こちらに声を掛けてきた。
「舞とさやかさんには見つかったって送ったから」
「あ、ありがとうございます。アタシも、細原に送ります」
 綾がスマートフォンを操作し始めたのを見て、月代がふーと息を吐き出して、2人よりも先を歩き始めた。
 細原への連絡を送り終えて、綾はひよりに話しかける。
「ごめんね、せっかくのお祭りだったのに」
「……綾ちゃんと麻樹くんだって、ここの夏祭り来るの初めてだったんでしょ。嫌な思い出にならなくてよかった」
「んー、でも、なんか、最後アサ怒ってたんだよな……。アタシ、なんかしたかな?」
 首をかしげる綾を見て、ひよりが数秒迷った後、足を止めてこちらを真っ直ぐ見上げてきた。なので、綾も足を止める。
「な、なに?」
「綾ちゃん、何も相談してくれないね」
「え?」
「いつも、助けてもらってるのはわたしばっかり。1年の時の文化祭も、今回の色々なことも……。綾ちゃんは助けてくれるけど、わたしには頼ってくれない」
 言われたことの意味が分からずに、綾は真面目な表情のひよりを見下ろすばかりだ。
「県内の大学に行くって話、さっき初めて聞いた」
「あー、それは。だって、別にひよりに言うことじゃなくない? アタシだって、ひよりの志望校は知らないよ?」
「……そうだけど」
 話したところで、彼女の時間を取るだけで、何か解決するわけではない。話しても、自分にも彼女にもメリットのないことだ。だから、話さなかった。それだけのこと。
「屋上に入れてくれた時、話してくれようとしたんじゃないの?」
 自分だけの秘密の場所。
 そこに入ることができるのは、ひよりだけだ。そう思って、屋上に彼女を入れた。それはその通りだ。
 綾が屋上に行くのは、学校生活や家であった、いろんなことで息苦しくなった時だった。
 あの場所だけはゆったりと綾を受け止めて、呼吸をさせてくれる。ひよりみたいに、優しい場所だ。
「解決はできなかったかもしれないけど、一緒に悩みたかったよ」
「みんな忙しい時期に、そんなことで時間を取らせるなんて」
「……自分が大変な時に、他人の思い出作りを手伝ってくれている人がそれを言うの?」
 ひよりはため息混じりにそう言う。やりたいことをしているだけだ。それは別に手間でもなんでもない。
「綾ちゃんは、大阪でないにしても、スポーツの強いところに行くと思ってたよ」
「バスケじゃご飯は食べられないしねぇ」
「え?」
「昔からの母さんの口癖」
 両親ともに長時間かけて通勤をして、残業になると帰宅時間は21時どころでは済まない。
 子どもの頃からそれが当たり前だった。
 今暮らしている平屋は母の実家で、祖父母の持ち家だった。
 3年前祖母が亡くなったことで、今は名義が母になっている。
 生活等色々考慮した結果、両親は会社の傍に住むよりも、生活費が安く済む祖母の家に寄生をすることを選んだ。
 子どもの頃は分からなかったことが、大人に近づくにつれて見えてくる。
 優しい祖母は、忙しい両親の代わりに、綾と麻樹の面倒を見てくれた。大好きだった。
 そんな祖母が亡くなっても、両親は生活スタイルを変えようとしなかった。
 2人子どもがいるのだから仕方のないこと。そう考えながらも、両親が仕事があるからと言い訳をして、綾にすべて押し付けることを恨めしいと、思ったことがないと言えば嘘になる。それでも、両親が選択した生き方の上で、綾の進学も成り立つのだから何も言えない。だから、仕方ないかと口を噤むしかなかった。
「親は親で後悔してんじゃないの。てきとーに生きてきた皺寄せを今受けてるんだって、きっとそう思ってるんだろうね」
「綾ちゃん」
「だから、アタシにはちゃんとしてほしいって思ってんだろうけど」
 綾はこれまでのことを思い返して、ぐっと奥歯を噛み締める。
「ちゃんとしたからって、結局同じ道だったら、アタシの我慢って何なんだろう」
 ずっと押し殺してきた言葉。初めて口にして、涙がこぼれた。
「麻樹がどうとか、将来がどうとか、全部あんたらの都合じゃん。そこにアタシはいないじゃん」
 絞り出されるくぐもった低い声。
 綾の怖い声を初めて聞いたひよりはたじろぐように目を細めたが、離れずに傍にいてくれた。
「アタシの話なんて、何ひとつ聞かずに、それが正しいかのように言ってくるなよ。あんたらだって間違えたくせに」
「……ぅん」
「ひより、アタシ……みんなが笑顔でいてくれるなら、アタシのことなんてどーでもいいって。夢なんて、要らないって思ってたんだ」
 平穏無事であればそれでいい。夢なんて要らないはずだった。けれど、蔑ろにされてゆく自分の心を、そのままにして進むことが、今は苦しくて仕方ない。
 涙が止まらなくなって、綾はしゃくり上げる。ひよりは何も言わずに、綾の肩に触れ、優しくさすってくれた。
 いつも感情を押さえつけてきたからか、漂い続ける憤りも、溢れ続ける涙も、止め方がわからずに、綾は何度も肩で息をする。
 どのくらいそうしていたのか、高ぶった感情が徐々に落ち着いてきて、綾は涙を拭い、ようやくふーと深く呼吸をした。その瞬間――。
「あ、流れ星」
 ひよりの優しい声。耳に沁みるほど優しい声だった。
 その声で綾も視線を上げる。緑がかった夏の星空がとても綺麗だった。
「今日、よく降るね」
「ひより?」
「……谷川くんたちと何話せばいいかわからなくて、わたし、今日空ばっかり見てたんだ」
「そっか」
「うん。星の降る日はいい日なんだよ、綾ちゃん」
 ふふと笑ってひよりはそう言い、こちらを見上げてくる。なので、綾は問う。
「いい日になった?」
「うん。……綾ちゃんが、初めて本音で話してくれたから、いい日だよ」
 にこにこしてそう言う彼女の言葉に、綾はカッと頬が熱くなる。
「ごめん、急に……らしくない感じになって」
「どうして? 綾ちゃんだって、いろんな事考えてるんだから、当たり前のことでしょ?」
 何事もなかったように彼女が笑う。中学の時から、彼女はずっとこうだ。ひよりは、綾を見てくれている。
 綾が彼女を手放せずに、隣にいたいと思ってしまうのは、こういうところがあるからだ。
「車道先生に相談してみない?」
「でも……」
「あの子、相談されると喜ぶからしたほうがいいよ」
 先を歩いていたはずの月代が、2人がついてきていないことに気が付いて戻ってきていた。びっくりして、綾は肩を跳ねさせる。
「つ、っきしろさん、か。びっくりした」
「振り返ったら2人ともいないから。舞に任されてるからさすがに1人で行くわけにもねー」
「月代さん、もしかして、話聞いてました?」
 恥ずかしくなって綾は挙動不審になりながら、彼女を見下ろす。月代は首を傾げ、星空を見上げる。
「舞の名前が出たから会話に紛れただけで、2人のナイショ話は聞いてないよ」
 本当かどうか見透かせない笑顔を浮かべて、月代はそう言い、また踵を返して歩き始めた。

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