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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第5レース 第8組 きみを守るゆびきり

第5レース 第9組 夏風に寄せて

『男子陸上部です。未経験者歓迎! 見学だけでも来てみませんか?』
 4月の新入部員勧誘の時期。声掛けは圭輔に任せて、邑香は看板だけ持ってぼーっと立ち尽くしていた。
『女子バスケ部です!』
 少ししてから、背の高いベリーショートのジャージ女子が看板を持って出てきた。
 このくらい背が高くて、健康にも恵まれていたら、楽しいだろうな。そんなことを思った。
『あ、サトミじゃん。ねぇ、高校でもバスケやらない?』
 勧誘に捕まらないように道の隅っこを歩いていた眼鏡の女子を捕まえて、その子が笑顔で言った。2人とも背の高さは同じくらい。勧誘したくなるのも納得だ。
『や、む、向いてないから……』
『そんなことないよ。中学でだって上手だったし』
 眼鏡の女子は拒否するように小刻みに首を横に振り続ける。
『ほんと向いてないから』
『見学だけでも……』
『嫌がっているように見えるけど、女子バスケ部は無理やり入部させる方針なの?』
 周囲はそんな2人のやり取りには気が付いておらず、見かねた邑香がそう声を掛けた。
 確か同学年だったはず、とタメ口のまま話しかけると、こちらを向いたバスケ部女子が驚いたように目を丸くした。
『椎名さん』
『どう見ても嫌がってない? あなたにはそう見えない?』
『え、あー、でも、サトミとは幼馴染で』
『幼馴染だったら、嫌がっていることでも笑顔で強要していいの?』
『それは……』
『きーちゃんごめん。私、バスケはもう部活ではやりたくないから』
『……ごめん。上手くても楽しくなかったら意味ないもんね』
『あ……た、楽しくなかったわけじゃ……その』
 気を遣うような声に、バスケ部女子は白い歯を見せてにひひと笑った。
『また、たまに家練付き合ってよ』
『う、うん……』
 頷いたのを見届けてから、バスケ部女子は颯爽と駆けていき、また別の場所で勧誘の声出しを始めた。その姿は軽やかでしなやかだった。邑香もすぐ持ち場に戻ろうと踵を返す。
『あの』
が、声を掛けられたので、もう一度彼女のほうに向き直った。
『なに?』
『ありがとうございました』
『別に。見たままを言っただけだから』
『きーちゃん、いいお姉ちゃんなんですけど、高校も同じ部活はなって思ってたので』
『上手くできても楽しくないってこともあるんだね』
『……できてないですよ。きーちゃんは優しいからそう言うんです。才能がある人にはわからない』
『あたしにはよくわからないけど、できないって線を引いたら、それで終わりなんじゃないかな』
『え?』
『思ったことを言っただけ。あたし、勧誘活動の途中だからこれで』
 努めて普段通りにやり取りをしただけだが、その後その女子は男子陸上部にマネージャーとして入部してきたのだった。

:::::::::::::::::::

 屋台の仕事も交替の時間になって、好きなかき氷を作り、松川と邑香は持ち場を離れた。
「おなかすいた……」
 ぼそりと呟くと、松川が意外そうに笑った。
「どうしたの?」
「先輩からそんな言葉を聞くと思わなかったので」
 自分としては基本的にお腹を空かせているタイプのつもりなので、そう言われても、そういうイメージなのか、しか感想はなかった。
 俊平ほどではないにしろ、目の前に大量のご飯を置かれたらぺろりとたいらげられる自信がある。
「あたしのイメージがどういうのかはわかんないけど、あたしは一応人間だから」
「一応って。わかってますよ。何か食べたいものありますか? 私、買ってきますよ」
「大丈夫。せっかくだし、松川さんもお祭り楽しんできなよ」
「1人で回っても……」
「あれ? サトミも来てたの?」
 2人でかき氷を食べながら歩いているところに、背の高い女子が声を掛けてきた。
 手足がすらりと長く、スレンダーな体型。袖の短いTシャツとホットパンツ。ベリーショートの髪型が可愛かった。確か、バスケ部の……。
「……あー、椎名さん。こんばんわ」
 邑香の顔を見て、少々躊躇いがちな声になる。春先のことが気になるのかもしれない。こちらは今の今まで忘れていた。
「こんばんわ。松川さんも混ぜてあげてくれない?」
「え、せんぱ」
「あたし、疲れたからちょっと休みたいし」
「……分かりました。きーちゃん、誰と来てるの?」
「ん? よっちとあーちゃんだけど、サトミ平気?」
「その2人なら大丈夫」
「じゃ、おいで。今、ちょうどイカ焼き買いに行くとこ」
 松川の返しに、満足げに白い歯を見せて笑う”きーちゃん”。
「あ、松川さん」
「はい?」
「お祭りの手伝い組に配られるクーポン渡してなかった。せっかくだし、使って」
「あ、ありがとうございます……」
「こちらこそ、部活後にこんなの頼んでごめんね。じゃ、楽しんで」
 クリアバッグに入れていたクーポンを取り出して松川に預けると、そっと手を振って、その場を離れた。

:::::::::::::::::::

 松川と別れた後、神社に向かった。
 部活終わりに駆けつけたので、持ち場につく前にお参りができていなかったのが心残りだったのだ。
 境内の灯篭には明かりが灯り、その他にも地元の子どもたちやご年配の方たちが書いた紙灯篭も飾られている。
 この幻想的な夜の景色が好きで、邑香はいつも神社に足を運んでしまうのだった。
 ざざざっと冷たい風が吹いて、邑香は腕をさする。周りの喧騒がさーっと引いていき、静かになった。
「ねぇ、お姉ちゃん。ちょっとこっちに来て」
 そんな声に呼び止められて、邑香は声のしたほうを見た。手水舎の奥。暗がりの中にぼんやりと浴衣を着た少年の姿があった。
 随分離れた位置から声を掛けられたようだが、その声はとてもはっきりと聞こえたので、少々違和感を覚える。
 邑香は辺りを見回す。先程までは人で賑わっているように見えていた境内に、なぜか、人がいなかった。
 その少年があまり良くないもののような気がして、邑香は無表情で言葉を返す。
「知らない子にはついていけないかな」
「信じるかは置いといて。向こうに迷子の子どもがいるよ」
 少年はそっと神社の裏を指差し、そのまますぅっと姿を消した。
 言うことを聞くべきか迷ったが、本当だったら困るなと思い返して、邑香は参道から外れて砂利のエリアを歩いてゆく。
 この神社は藤波市では大きな神社で敷地も広く、神社の裏手にある山の神様のことも祀っているらしい。社も1つではないので、全部巡ろうとすると迷子になってしまう場合もあるだろう。
「さっきのは誰だったんだろう」
 ぼんやり呟きつつ、神社の裏に周る。神社の裏にも確か社があったはずだ。
 しばらく歩いて裏手に出ると、そこだけ灯篭の明かりが消え、暗闇になっていた。山からの風で消えたのだろうか。
「誰かいますか?」
 邑香はスマートフォンのライトを点けて奥へ進む。
 子どもの泣いている声がした。人間の子どもなのか、実は幽霊なのか、まだ姿が見えないので判断のしようもない。
 仕方なく、そちらに向かって歩いていき、ライトを当てる。小学校低学年くらいの、甚平姿の少年が、社の階段に腰かけて泣いていた。
「……人間?」
 先程のこともあるので、ついそう質問してしまう邑香。
 天然パーマなのかほわほわの髪の毛。可愛らしい顔立ちの少年だった。
「神様におねがいがあってお参りして回ってたら、とーろーの火が消えちゃって……」
「びっくりして動けなくなっちゃった?」
「この辺はおばけが出るってさっき聞いたからこわくなっちゃって」
「そうだね。よくいたずらはするみたい。立てる?」
 邑香は彼に歩み寄って、しゃがんで目線を合わせた。
「立てるけど、まだここのお参りが終わってなくて」
「お父さんかお母さんと一緒に来てるの?」
「お姉ちゃんたちと」
「君くらいの子は、もう1人で歩いちゃいけない時間だよ」
「……どうしても、おねがいしたいことがあったから」
「みんな心配してるだろうからお参りしたら戻ろうね」
 彼の緊張を解したほうがよさそうだったので、そこは笑顔で言った。
 少年は立ち上がって、社の賽銭箱のところまで行き、お賽銭を入れてガランガランと鈴を鳴らす。
「お姉ちゃんが好きなことをできますように」
 お願い事を大きな声で言ってしまっていることが少々可笑しかったが、微笑ましくもあったので、彼の背中を見守るだけにした。
 3分ほど手を合わせたまま固まっていたが、気が済んだのか、少年はくるりとこちらに振り向いた。
「せっかく来たし、あたしもお参りしちゃおうかな」
 少年と入れ違いで賽銭箱の前に歩み寄り、お賽銭を投げ入れる。ガランと鈴を鳴らし、2回礼、2回手を叩き、心の中で念じる。最後に礼をして階段を下りる。待っていた少年は邑香を見上げ、不思議そうに訊いてきた。
「何をおねがいしたの?」
「お願い事は他人に言わないほうがいいんだよ」
「……ぼく、お姉ちゃんに聞かれちゃった」
「……大丈夫だよ。お姉ちゃんは人間じゃないから」
 心配そうな声を上げる少年が微笑ましくなって邑香は珍しく洒落を利かせてそんなことを言った。これまで人扱いしない人も多かったし、あながち間違いではない。これは単なる皮肉でもあるかもしれない。
 少年がびっくりしたようにこちらを見上げてくる。けれど、それもそれで不思議じゃないかもしれないと1人で納得したのか、何も聞いては来なかった。
「でも、今のお願いは、本人に言ったほうがいいかもしれないね」
「……お姉ちゃん、いっつもぼくのことばっかりなの」
「そうなんだ。優しいね」
 ぼんやりと瑚花や俊平のことを考えながら返答する。
「ぼくはだいじょうぶだからって言ってるのに、なんで、お姉ちゃんもお母さんもわかってくれないんだろう」
 悲しげな表情で少年が言う。
 友達がようやくできて嬉しかったのに、心を通わせたことで、進みたい道を彼が自分から蹴ってしまった3年前。
 彼の星のような煌めきが、どんどん剥がれ落ちていくのを隣で見守ってきた。
 あの時、彼が何よりも自分のやりたいことを優先してくれていたら、こんな結果にはきっとならなかった。
 時間を戻せるのならやり直したい。
 たとえそれで出会えなくても、彼がきちんとはばたけるのならそのほうがよかった。だから、繰り返さないために、自分は彼から手を離した。
 今までのことが過ぎって、邑香はなんとなく少年の気持ちが分かる気がした。
「君たちの間に何があったのかはわからないけど、相手に大事にされた分だけ、悔しさが湧いてくることってあるよね」
「お姉ちゃんはぼくのじまんだから」
「そう」
「おばあちゃんもきっとそう言うと思うんだ」
 可愛らしい顔をキリッとさせて真面目な声で少年が言う。
 ようやく灯篭の明かりが灯っているところまで出られたので、邑香はスマートフォンのライトを消した。
「アサキー!」
 聞き慣れた声が鳥居のほうから聞こえてきた。
「あ、俊平お兄ちゃんだ!」
 この少年と俊平が知り合いとは予想外だった。
「……鳥居のほうにいるみたいだから、そのまま声のほうに行ってみてね」
「え? お姉ちゃんも行こうよ」
「あたしはここまでしか出てこられないから」
 駄目元でそんなことを言ってみると、純粋な少年は邑香が人間ではない説を信じているのか、下唇を噛んで考えた後にゆっくり頷いた。
「……そうなんだ。じゃーね、ヨーセーのお姉ちゃん!」
 先程泣いていたのが嘘のような笑顔でこちらに手を振り、少年はトテトテと駆けて行く。
 その背中を見送りながら、邑香はそっと目を細める。
「……いなくても、大丈夫にしなくちゃ」
 その呟きは誰の耳にも届くことなく、風がさらっていくだけだった。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)