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綿矢りささん『夢を与える』読書感想

この本は、若い人が大人の消費世界に飲み込まれていく成功転落物語で、芸能界を中心とした華やかな世界と、主人公の喪失感を描いています。

ネットフリックスかどこかで映像化されたことを最近知り、原作の小説を思い出したため、感想を書いてみます。

あらすじとしては、チーズのCM出演をきっかけに幼い頃からチャイルドモデルをしていた夕子が、母親の助けも借り大手芸能事務所に所属しブレイクを果たします。ドラマやバラエティ番組に出演、CDデビューと人気が出てくるなか、深夜のテレビで見た無名のダンサーと恋に落ちます。しかし、だんだんとおかしな方向になっていく…という話です。

この話は、小さい頃から母親や周りの大人によって立たされた芸能界に居続けることをしいられつつ、夕子が自分を守るために戦っていく話だと思いました。

夕子は、フランス人の父から受け継いだ美しい容姿を持ち、ふとしたきっかけでチーズのCMにチャイルドモデルとして出演することになります。父親の反対を押し切り、母親は夕子を高校生のうちからバラエティ番組などのメディアに出演させます。夕子が認められることは、母親じしんの夢でもあったのです。父親のトーマは、じつは夕子の母親とは別の、フランス人の女性を愛していました。その女性が日本に来るためにアパートまで借りていたのです。トーマの心が離れていることによる、夕子の母親が持つ不安が、夕子への過剰な期待にすり替えられています。ここに、驚きというか、怖さが感じられました。だれもが間違ったことはしていない、自分の信条に基づいた正しい行動をとっているはずなのに、その結果として最後に夕子が壊れていってしまう事のおそろしさを感じます。

学校は休みがちになりながら、夕子が順調に芸能界でキャリアを積んでいく中、中学校で多摩という生徒と仲良くなるシーンが描かれます。夕子が幼い頃慣れ親しんだ家に似た、海の近くの多摩の家と、なにより純粋な多摩に、夕子は心癒されたのだと思います。

小説のタイトルについては、夕子が知り合いに「夢を与える」ことについて話すシーンからきています。インタビューの取材で「夢を与える」という表現が使われるのはおかしい、農家の人が「米を与える」とは言わない、夕子が「夢を与える」という言葉は上から目線なのではないか…と考えます。しかし「みんな深く考えずに使っている言葉よ」とスタイリストは軽く言います。

雑誌のインタビュー時に、自分じしんではなく世間の作りだした「純真で子供っぽい夕子」というキャラクターで答えると受け答えがしやすくなることに気づいたり、自分の出たドラマの視聴率を気にしたり、自分を商品として売り出さなければならない事への違和感を夕子は感じていきます。

そんな中、夕子自身が提案した、夕子の大学受験を撮るドキュメンタリーが始まりますが、夕子は正晃という人目を気にしない無名のダンサーと恋愛をします。今まで、自分を過剰なほどに商品として送り出してきた夕子が、自由で自然体な正晃に夢中になる気持ちもわかります。しかし正晃の友達に決定的なスキャンダル映像を流され、夕子のキャリアはほぼ絶たれてしまいます。

正晃にも見放されてしまった夕子が昔住んでいた家に戻り、多摩に会いに行こうと思い立ち、夕子は久しぶりに乗った自転車を飛ばしますが、空き家と書かれた看板がぶら下がっているだけでした。

結局最後までそばにいてくれた母親と話すうちに、夕子が長年見つけられなかった「夢を与える」ことの意味を見つけます。夢を与えるとは、他人の夢であり続けることであり、自分自身が夢を見てはいけなかった。恋愛で夢を見てしまった夕子は、視聴者との信頼の手を放してしまったのでした。

わたしが高校生くらいに読んだときには、痛々しい夕子に「芸能人って大変なんだなぁ」という感想でしたが、大人の今読むと、誰かのエゴで他の誰かの将来を変えてしまうことの怖さを感じました。

ネットフリックスに入っていないので、この小説のドラマを見られないのが残念です。



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