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EVの競争軸と自動車産業の今後

はじめに

当初公開した無料版に強い引き合いがあったことから、当初の倍近い分量の1万字相当(有料範囲で7千字以上)に仕上げた大増補版です。
執筆に当たって念のため、和文の無料記事の範囲で既存のウェブ上の記事のほぼすべてを確認しましたが、多くはEV自体が今後の自動車の競争の軸であるとする入り口の議論か、EVはコスト競争力が軸であるとするものでした。
後者についてはあらためて申すまでもなく、コスト自体は決して一次的な要因ではなく、何かしらの別の要因に基づく二次的な要因にすぎませんから、これを唱えることによって分析が深まるわけでもありません。不毛ではないまでも、ありきたりの議論といえます。
以下ではありきたりではなく、かといってリアリティーも損なわない議論を開陳することで、いずれは焦点となるこの領域における議論に先鞭をつけておきたいと思います。
日本ではEVは必ずしも環境負荷の低減につながらないという議論が盛んで、それはたしかに正論なのですが、外から聞けば日本が強みをもつHVの擁護の議論に聞こえます。脱炭素のクルマとして一番分かりやすい区分がEVであることは疑いもないところであり、質の悪いエンジン車が一般的な新興国の大都市では、たしかにEV化が大気汚染の解決策であることもまた、いうまでもありません。
「擦り合せ」型のものづくりに強みをもつ日本の最後の牙城であった自動車産業の競争構造が根本的に変わりつつあるわけですから、ことは特定産業に限られた話ではなく、日本の製造業の存立に関わることがらです。


本論

1. 競争要素の軸

EVの競争の軸はいくつかあります。ここではひとまずコストの話は脇道に置いて(これについては次節で検討します)、EVを構成する要素の軸で見てゆきましょう。
私の見解ではそれは、①車載電池の内製(アセンブラー本体の内製でなくても子会社や、離反しないパートナー企業によるもの)、②車載OS、③統合ECU、④アプリケーション・コンテンツを含むエンターテインメント性の4つです
ガソリン車のエンジンと異なって、モーターでは走りの味の差は出ず、ギアもシンプルですので、大した差別化はできません。大手アセンブラーであってもモーターを内製しないことが当たり前になるかもしれません。このモーターを含む基幹部分のユニットであるeアクスルも見込まれたほどの擦り合わせ製品ではなかったようで、普及価格帯の車格では早くもコモディティ化して価格競争の段階に入り、外販最大手のニデックすら儲からなくなっています。
EV専用のプラットホームの導入は、たしかに既存のエンジン車の大手にとっては設計思想の革新であり、コストを下げる手段です。しかしそもそもプラットホーム自体にガソリン車時代ほどの付加価値の比重はないでしょうし、何よりもEV専業(日本には存在しない)にとっては当然の前提であって議論の対象にもなりません。既存のエンジン車大手の待ったなしの構造転換という日本的な議論に囚われていては、足をすくわれることになります

つまり「電気」自動車は従来の自動車とは根本的に異なるタイプの財であり、EV化とはたとえていうならば通信業界や家電業界のアナログからデジタルへの転換に相当する根本的な転換です走りのハードウェアの面では擦り合せならぬ組み合わせ、寄せ集めのパーツで通用するので ※1、既存の大手メーカーの存立の基盤はおのずと限られてきます
以下、4つの軸について個別に論じてゆきます。

※注1 厳密に述べれば、衝突時のボディの剛性に関しては安全対策上、豊富な経験・知見が必要であり、このことと製品自体のそもそもの大きさに伴う製造上の困難さがこれまで、他業種からの自動車製造参入に対する障壁として立ちはだかってきた。極言すれば既存のエンジン車大手が細々と生き延びる途は、EV専業向けにクルマのハードウェア全般の供給に特化することと並んで、EV専業向けにこのボディ製造のサプライヤーとなることである。
ただしこれにはそこまでの収益性はないので、日本の自動車大手が軒並みこれに転落することは、日本産業の稼ぐ力にとっての危機であることはいうまでもない。

①の電池(二次電池)については、周知のように日本が実用化したリチウムイオン電池技術が、高張力鋼板や液晶パネルの生産技術と同様に中韓に流出したため、あとからスケールで追い上げた中韓勢が現状で電池製造に優位をもっています
その一方で日本企業が優位性をもつ全固体電池の実用化によって、このゲームは3年のうちに覆される可能性があります
(たとえば下記の日経記事参照)。

②は現状でテスラが洗練された車載OSを搭載していますが、上述のとおりEVはスマートフォンに近いモジュラー型 ※2の製品ですから、下記の④の要素による巻き返しの余地があり、スマホやスマートスピーカー同様にアップルやグーグル、アマゾンが本格的に参入するとなると、容易に巻き返されてハードウェアとソフトウェアの分離したPC/スマホ型の事業モデルとなる可能性が大です
いずれも莫大な資本と、ICT関連の研究開発能力を擁するGAFAMは、すでに各社ともEV参入の準備はあるはずで、かつてのスマートスピーカーへの参入と同様に、機が熟せば揃って参入するものと考えられます。自動車大手と協業して、ハードウェアとしての自動車そのものを発売する所は限られるにしても、車載OSの外販の形であればGAFAMのほぼすべてにその資格はあるでしょう。
その場合に、PC/スマホ産業のありようから類推するならば、当初の参入から淘汰が進行したのちに、最終的には世界で2社程度が車載OSのプラットフォーマーとして市場を二分することになるでしょう。それは2社ともGAFAMかもしれませんし、片方はテスラを含む既存の自動車アセンブラーになるかもしれません。中国系も発展途上国主体に1社程度は生き残って、全世界で3社程度に落ち着く展開もありうるでしょう。

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