話がしたいよ、の、朝(今朝は、ホットミルク)
――……。
――呆けてる。
――うわ、びっくりした。
アルネが目の前にいるのに、まったく気付かなかった。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――そんなにぼおっとしてたのか……。
――だって、私に気付かなかったじゃない。
――まあ……うん。
――なにかあったの?
――なにもないよ……厭なことは。
――じゃあ、いいことがあったの?
――いいこと……かな。
――どうして歯切れが悪いの?
――いや、いいことだよ。その、アルバイトしたいところがあって。働けるかどうかも、まだわからないけど。緊張しちゃって。
――アルバイト? 止められてなかった?
――ああ、パートナーに……。でも、今回は「いいんじゃないか」と言ってくれたよ。止められてるといっても、ぼくの体を心配してくれてのことだし。
――よかったね。
――うん。まだ決まってないけど……がんばるよ。
――いいことなのには、変わりないわ。じゃあ、今日は私が淹れる。
――ありがとう。
――私、ホットミルクしか作れないけど。
――好きだよ、ぼく。
アルネがミルクパンに牛乳を注ぎ、沸騰しないように焦がさないように温めている背中を眺めながら、目まぐるしかったこの1年を思った。まだ年末じゃないけど。
――また呆けてる。
――……すみません。
――はい、どうぞ。
――ありがとう。……おいしいね。
――どういたしまして。
――アルネ、「ホットミルクしか作れない」と言ってたけど。きっと、ぼくより上手だよ。
――これしか作れないから、得意なの。
――そういうものかな。
――そういうものよ。
――温かいって、安心だね。すごく安心する……。
――眠いの?
――ちゃんと寝たんだけど……温かくなったから……なんか……。
――緊張ほぐれた?
――ものすごく……。
――座りながら寝たらだめよ。ちゃんと布団で寝なきゃ。
――んん……もう少し、アルネと話したい。
――なにか話したいことがあるの?
――ええと……ああ、そうだ。最近焙煎してる豆の話。
――特になかったのね。
――特になくても、話がしたいときはあるじゃない……。
――それが今なのね。
――眠いけど、大丈夫だよ。なんだか、ふわふわしていい気持ち。このまま話がしたい。
――本当、おかしな人ね。
――よく言われるよ。残念ながら。
だいぶ眠いぼくは、上の空だった。でも、上の空にもアルネはいた。ぼくは、じんわりしたぬくもりの中で、幸せを覚えた。
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