「生まれてきてよかった」なんて、手放しで喜べなくて
1/28。
6:00起床。
天気は曇り。
*
あと1日。
あと1日で、また一つ年を重ねる。
感慨はない。
「そういえば、そうだった」くらいの。
パートナーがいなかったら、たぶんすっかり忘れていた。
なんだか、色々と準備してくれているらしい。
心から祝ってくれる人がいるなんて、僕は幸せ者だ。
そう、手放しに喜べたらいいのに。
僕は、両親のことを考える。
ほぼ絶縁状態の彼らを。
「産んでくれてありがとう」感謝するべき両親に、僕は生涯二度と会いたくないと思っている。
僕は彼らを憎んでいるし、同時に愛してもいる。
頭の中で、何度も罵ったし、何度も謝った。
ある日のカウンセリングで、両親のことを話したことがあった。
僕は、彼らのことを口にする度、こみ上げてくるものを抑えられなかった。
長らく両親と距離を取っていると、20年以上ため込んできた不満が次々に露呈する。
でも、僕の願いはたった一つだった。
「普通に愛されたかった」
母さんに、「変」「おかしい」と変なものを見る目で見られたくなかった。
父さんに、自分が鬱になったとき「お前の心が弱いからだ」と怒鳴られたくなかった。
20年以上生きているのに、僕はまだ、子どもの頃に根付いてしまった恐怖に囚われている。
母さんに、自分のことを話したこともあった。(父さんは、そもそも話を聞いてくれないから。)
でも、全部無駄に終わった。
パートナーと結婚したとき、母さんは少なからず安心したようだった。
何ヶ月も前、母さんと電話したときに言われた言葉。
「××さん(パートナー)に全部任せることにする」
「私はもう、あなたを理解できないから」
ああ。
やっと、わかってくれたんだ。
僕は、安心した。
同時に、絶望した。
ごめんなさい、ごめんなさい。
普通の子どもになれなくて、ごめんなさい。
あなた達が望む『いい子』を演じてきたけど、もう限界です。
本当に、ごめんなさい……。
僕は、あと一日で年を重ねる。
「ハッピーバースデー」
その言葉が、僕に適切なのかはわからない。
もしも、この先大勢の人に祝われるような人間になったとしても。
自分を産んでくれた人達のことを考えると、素直に喜べないんだろう。
二度と連絡を取らないと決めたのに。
二度と会わないと決めたのに。
僕はやっと、平穏を手に入れたのに。
誕生日は、誰かに祝われ、自分を呪う日。
*
「僕だけが、鳴いている」
これは、
ぼくと、ドッペルゲンガーのドッペルさんの話。
連載中。
この記事が参加している募集
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。