「温かいって、すばらしいね」(今朝は、ハチミツ湯)
頭の奥で、ずきんずきんと音が鳴る。わかりやすい頭痛に、さっさと薬を飲んでしまおうと思ったけど、そういえば切らしているんだった。
――変な顔。
――アルネ。
額をさすっていると、アルネが顔を覗き込んだ。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――風邪引いたの?
――そういうわけじゃ……いや、そういうわけかな。昨日、窓開けっ放しで寝ちゃったから。
――バカだね。
――否定できない。
――じゃあ、あったかいの飲もう。
――と、言うと?
――ハチミツ。お湯で溶かしたの。
――ああ、それなら。
ケトルで湯を沸かし、カップの底にハチミツを二さじ忍ばせた。湯を注ぐ度、ほのかに甘い匂いが立ち上がる。それは、ひどく固まってしまった頭をほぐしてくれるようで。
――はい、どうぞ。
――……おいしい。
――温かい……。起きたとき、体、すごく冷たかったんだ。
――窓、ちゃんと閉めないから。
――すみません。でも、昨日はそれなりに暑くて……。
――言い訳しないの。君が風邪引いたら、私も引いちゃう。わかってるでしょ。
それは、本当で。ぼくにしか見えない女の子は、ぼくが生んだ。ぼくの具合が悪くなれば、アルネの調子も下がる。ハチミツ湯を飲みたがったのは、アルネも冷えていたからなんだろう。
――温まってくれた? アルネ。
――ええ、すっかり。体が冷たいのは、気分がいいもんじゃないわ。
――ものすごく怒ってる……ごめんなさい。
――だって、なんだか死んでしまったみたいだから。
――……。
――君が死んだら、私も死んじゃうのよ。わかってるでしょ。
――ええ、ええ。おっしゃる通り。……アルネがいなくなっちゃうのは、嫌だな。
――私も、君がいなくなるのは嫌よ。
――それは、ありがとう。
互いに、カップの底の溶け残りをスプーンで掬いながら、指先までしっかり温まったことに気付く。ぼくらは、まだ死んでない。生きている。
――温かいって、すばらしいね。
――今さら気付いたの?
――改めて気付いたんだよ。……アルネ。
――何?
――頭痛、消えたかもしれない。
――そう。
――そっけないな。
――だって、私も痛かったんだもの。
――ああ……。本当、色々気を付けなきゃいけないな。アルネのためにも。
――でも、
――でも?
――ハチミツのこれは、また作って。
――もちろん。
今朝は、いい天気だ。きっと、暖かい日になるだろう。ぼくらは、空になったカップをかちりと合わせた。
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