優しい朝のために、(今朝は、牛乳)
――ここに、チョコパンがあります。
――はい。
――なので、今朝は牛乳がいいと思います。
――いいでしょう。
と、アルネに許可をもらった。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――冷たいのでいいかな。ちょっと暑いし。
――うん。……白いカップに白い飲みもの。とってもすてきね。
――ホーローのカップ。最近のお気に入りなんだ。
――おいしい。チョコパンも。
――安いやつだけどね。でも、それが好きなんだ。パンがちょっとぱさぱさしてて。クリームは固めで。昔から知ってる味。
――給食みたい。
――たしかに。
甘すぎないクリームに、牛乳がとろりと混ざり合う。少しだけ、幸せに浸れる時間。もう一度、眠ってしまいそう。
――ずいぶん、眠そうなのね。
――あんまり眠れなかったから。
――怖い夢でも見たの?
――どうだろう。見たかもしれないけど。それ以前に、なかなか寝付けなくて。ようやく眠れたのは……何時だったっけ。わからない。それくらい、長い間目が覚めていた。
――なにかあったの?
――なにもないよ。なにもないから、なにもしようがなくて、困るんだけど。
――眠りたくなかったの?
――え。
――……。
――考えたことなかったけど……そうなのかな。睡眠薬は飲んだはずなんだけど。
――眠れないときに飲むものね。
――もちろん。
――もっと言えば、眠りたくないのに、眠ろうとして飲むものね。
――……。
――飲まない選択肢はなかったの?
――もっと眠れなくなるよ。
――不安なの? 眠りたくなかったのに?
――たしかに、眠りたくなかったよ。どうしてなのか、わからないけど。でも、それで明日の……もう今日か……その自分がしんどくなるのは、嫌だから。
――色々考えているのね。
――色々考えているんだよ。
ふいに会話が途切れて、クリームと牛乳の甘さが、また口の中によみがえってくる。ぼくを現実に繋ぎ止めているもの。
――おいしい。
――おいしいね。
――だから、かな。
――何?
――優しい朝であってほしいから。不眠になりたくない。
――……さっきの答え?
――うん。
――……。
――……。
――あなたは、朝が好きなのね。
――夜も好きだけどね。でもそれで、朝を犠牲にしたくないよ。チョコパンおいしいし。
――もう一つ、忘れているわ。
――忘れてないよ。こうして、アルネとお茶すること。それも、優しい朝のために大切なこと。
――……。
――いつも、穏やかに眠れるといいんだけどな。
――今夜は大丈夫よ。
――そう思う?
――きっと大丈夫よ。
アルネがそう言うなら、大丈夫なんだろう。ぼくは思った。
優しい朝の、ぼくら二人。今日も、優しくいられますように。
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