笑ってくれる人がいるから。(今朝は、東ティモールのコーヒー)
すずしくて、目が覚めた。窓を開けたまま、眠っていたらしい。目覚めも、それなりにいい。背筋をぐっと伸ばして、体を温める。
――おはよう。
――おはよう、アルネ。
――今朝は、寝ぼすけさんじゃないのね。
――たまにはね。
そう返事をすると、アルネはくすくす笑った。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――ああ、そうだ。新しいコーヒー豆を買ったから、それを淹れようと思って。どうかな。
――どんなの?
――東ティモールっていう……インドネシア? の辺りかな? さっぱりしたコーヒーだよ。
――ふうん。知らない国。
――ぼくもだよ。知らない国の、知らなかったコーヒー。
豆を2人分挽き、お湯を注いでいく。ゆっくり、ゆっくり。点滴のように、ぽたぽたと。じっくり抽出していく。ぼくはせっかちだから、時々急いでしまうけど。アルネは、そんなぼくをじっと見ている。
――できた……。はい、どうぞ。
――いつもより、時間がかかってたね。
――いつもより、時間をかけたからね。
――……本当だ。さっぱりしてる。
――おいしい?
――もちろん。
――よかった。……はあ。
――どうしたの?
――いや、時間をかけて淹れてたから。少し、指が痺れちゃって。
――いつもは、せっかちなのね。
――ぼくがせっかちだからね。まあ、それはそれで悪くないんだけど。じっくり淹れたいコーヒーもあるから。
――それが、このコーヒー。
――うん。これが、その一つ。他にも淹れたいもの、たくさんあるよ。練習しなきゃね。
――どうして、そんなに頑張ってるの?
アルネに訊かれ、ぼくは考えてみた。そもそも、ぼくは頑張ってるんだろうか。夢中になってはいるけど。
――せっかく淹れるなら、おいしいのが飲みたいし、おいしいの飲んでほしいから。かな。
――誰に?
――パートナーと、アルネに。
――それが目標? それなら、
――まあ、今でもそれなりにおいしいのを淹れられるけどさ。でも、まだまだだよ。まだ……一ヶ月半かな? 淹れ始めてから。きっと、もっともっとおいしいコーヒーが作れると思うんだ。
――あなたのパートナーと、私のために?
――ぼくも楽しいしね。
――ふうん。……それはそれとして、このコーヒーはおいしいわ。
――ありがとう。次は、もっとおいしいの淹れるね。
そう。まだ始めたばかりだ。将来カフェを開くとか、そういう予定はないけど。ぼくがコーヒーを淹れたら、笑ってくれる人がいるから。ぼくは、アルネにおかわりを注いであげた。
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