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いつか、春も朝も無くなっても(今朝は、黒豆茶)

あんまり眠れなかった。でも、夢を見なかった。変なの。夢は、眠れないときに見るものなのに。

――また、ぼんやりしてるの?

――アルネ。おはよう。

――おはよう。……眠いの?

――少しだけ。でも、悪い気分じゃないよ。

アルネはぼくをじろじろ見ると、やがてふふ、と笑った。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――今日、涼しいね。

――そうだね。お茶、温かいのにする?

――うん。黒豆茶がいい。

――はいはい。

ケトルで湯を沸かし、ティーバッグを用意する。いつもしていること。暑くなってきたから、最近はしないこと。ふー。ぼくは、長く息を吐いた。

――どうぞ。

――んん。丁度いい温度。

――よかった。ぎりぎり沸騰させなかったんだ。

――温かいお茶、あんまり飲まなくなったね。

――暑いからね。……アルネは、暑いのは得意?

――君は得意なの?

――まったく。

――私もよ。

そうだよね。まあ、寒いのも苦手だけど。暑いのはもっとだめ。でも、冷たい飲みものも苦手。そこが、ちょっと厄介。

――夏にきんきんに冷えるのもね……。なんだか、不健康というか不自然というか。

――「夏は暑いもの」だから?

――うん。……そりゃ、涼しくなってくれたらうれしいけどね。

――わがままな人。

――本当にね。だって、温かいものは年中飲みたいしね。さすがに、かんかん照りのときに、ぐつぐつ煮えたのを飲んだら、死んじゃうけど。

――朝は、すごいわね。

――ん?

――冬は寒くて、夏でもひんやりしてる。だから、温かいものがおいしいの。

――……たしかに、すごいな。

――だから、お茶会は朝なのよ。

――ふふ。さすが、アルネは賢いね。

涼しいから。静かだから。安心するから。朝にお茶会をする理由は、たくさんある。でも、一番の理由は「朝が好きだから」。

――春も秋もだんだん無くなっているけど……いつか、朝も夜も無くなるのかな。

――ずっと真っ暗になるの?

――かもね。……遠い未来なのか、近い将来なのか、わからないけど。

――大丈夫よ。

――大丈夫?

――お茶会をするときが、私達の朝よ。

――なるほど。じゃあ、ケトルとティーバッグは肌身離さず持っていなきゃね。

ぼくらは同時にふふ、と笑った。本当は、春も秋も夏も冬も、朝も昼も夜も、ずっとあってほしいけど。願うことしかできないから。ぼくらは、ぬるくなったお茶をすすった。

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