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どこでもない場所に立っているような気もする。

あんまり夢を見なくなった。忘れているだけかもしれないけど。でも、いいことだと思う。少なくとも、ぼくにとっては。夢を見なかったときは、よく眠れている。それに、記憶にとどまる夢は大抵ろくなものじゃない。いいことだ。たぶん。


それでも、頭はぼんやりしている。眠いわけじゃないんですよ。ええ、ええ。油断すれば、ふっと意識が途切れそうな感覚はあるけど。つまるところ、眠いんじゃないか。どっちなんだ、ぼく。けれど、いつまでも眠っているわけにはいかない。夢の中で生きることになれば、きっと死んでしまう。いつも、死にそうな目に遭っているから。夢でも現でも、死は等しく与えられる。と、考えているので。


晴れているのか曇っているのか、わからない空だ。この部屋は、エアコンで少し肌寒い。ますます、頭がぼんやりする。ぼくは今、現在進行形で日記を書いている。でも、どこでもない場所に立っているような気もする。気のせいですよ。ええ、ええ。ばちゃばちゃ。ばちゃばちゃ。ぼくは、立っています。波打ち際に、立っています。この辺に海はありません。


沖の方から、誰かが歩いてくる。まっすぐ、ぼくのところへ。ぼくは近付いてくる影を、じっと見つめてじっと待っている。知っているから、怖くない。見た目が自分だから、怖くない。影は1m離れたところで立ち止まり、ぼくと目を合わせる。ぼくも、逸らさず見つめ返す。目を見て話すのは、苦手なはずなんだけど。


会話はない。互いを見ているだけ。見た目は同じなんだから、鏡を前にしているのと変わらない。でも、あんまり見つめていると、頭が混乱してくる。どちらが影で、どちらがぼくなのか。ぼくの方が影なんじゃないか。沖に去るべきなのは、ぼくなんじゃないか。


ぼくの不安を察したのか、影は時間をかけて踵を返し、また沖に向かって歩き出した。背中を見せるまで、ぼくから目を離さなかった。ただ、やるべきことを果たした。そんな感じだった。不安だったはずのぼくは、ほんの少し寂しくなった。だから、影が完全に見えなくなるまで見送る。ばちゃばちゃ。ばちゃばちゃ。ぼくはいつまでも、波打ち際に立ち尽くしている。


やっと、頭が現実に戻ってきた。キーボードを打つ感触が、指先から頭の奥まで届く。まだぼんやりしているけど、さっきほどじゃない。空はまだ、晴れているのか曇っているのか。波の音は、まだ聞こえる。

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