「上書きされるといいね。」(今朝は、ブレンドコーヒー)
今日で、6月が終わる。どうでもいいような、どうしようもないような、よくわからない気持ち。
――ふてくされてる。
――ふてくされてるわけじゃないよ、アルネ。
気付けば、ぼくの顔をのぞき込んでいるアルネ。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――6月が終わるよ。
――だから悩んでたの?
――悩んでたわけじゃ。……そう見えた?
――うん。
――ええと、今朝は何がいい?
――コーヒー。
――あれ、めずらしい。
――淹れるようになったんでしょ。
――まあ。修行中だけど。
ミルにコーヒーサーバーに、必要なものを引っ張り出す。豆を挽いていると、アルネはぼくにくっついて、腕の振動を感じていた。ドリップするときも離れなかった。
――はい、できたよ。……そろそろ離して。
――あんまり苦くないね。
――さっと淹れたし、お湯あんまり沸騰させなかったし。
――おいしい。
――それはよかった。でも、味は安定しないな。まあ、まだ始めたばかりだから。
――6月は、コーヒーを始めた月?
――始めたのは一週間前だけど……そうなるかな。
――あとは、何の月だったの?
――んん……寝てたよ。体調崩すことが多かったから。
――どうして?
――それは、ぼくが一番知りたいんだけどな。まあ、6月は大変な月だったんだよ。今までは。
――大変だったこと、思い出しちゃうの?
――そうなのかな。忘れてるつもりでも、体が覚えてるんだろうね。
――……。
――あーっと、大丈夫だよ。だいぶ元気になったから。
――コーヒー、おいしい。
――ああ、ありがとう。
――また淹れてよ。
――うん。
――だから、元気でいてよ。
――……うん。
たぶん、アルネなりに励ましてくれたんだと思う。「頑張れ」の代わりに。ぼくは、「頑張れ」が好きじゃないから。もう、充分頑張ったよ。体を何度も壊すほど。だから。
――コーヒー、もっと練習するよ。まずは、技術を安定させることかな。
――楽しそうね。
――……うん。楽しいよ。
――「大変な6月」が「楽しい6月」に上書きされるといいね。
――されるといいな。
――だから、来週も淹れてね。
――今度は、カフェオレにしてみる?
――できるの?
――したことはないけど……勉強しておくよ。
数年前まで、一口も飲めなかったのに。未だに変わることはあるんだな。まだ、変われることは残っているかな。ぼくは、コーヒーをすするアルネの頭を撫でた。
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