霧野キズミ

何もかもフィクションです。 そのうちやめるので、フォロバはできません。 Instagr…

霧野キズミ

何もかもフィクションです。 そのうちやめるので、フォロバはできません。 Instagram:@airbird_616

記事一覧

消えた自転車

盗まれたのは、高校二年の頃。 学校の自転車置き場から、僕の水色の自転車は姿を消した。 通学は徒歩では遠く、都合のいいバスも走っていない。すなわち傷は深い。 鍵を抜…

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エスカレーターの記憶と別の何か

下りのエスカレーターに乗れないという、女の子と付き合ったことがある。上りは平気なのに。 はじめて聞いた時、冗談だと思って乗せようとしたら、トートバッグの肩紐が切…

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週末の色

人には言えないようなことをして、人には言わないでおこう。 たとえばカーテンの向こう側。 たとえば午前一時の電話。気が付いたら逃げていた週末は、ずっと前から用意され…

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青い鳥

青い鳥しか飛ばない島があるという 北極圏のオオカミの遠吠えが 届くところにある島で 森と青い鳥しかいなくて 憎しみも争いもないって そんな童話みたいな話 あるのかなっ…

4

白くなる

牛乳瓶の底から見ているような世界。 淡い色彩の、輪郭のはっきりしない世界。 手を伸ばしても何にも届かないような、そんな世界を僕は思う。 試着室のカーテンを少し開い…

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サイダーキャンディ

机の上のノートパソコンをたたんで、少し奥に押し、手前のスペースにおでこを乗せてる。 いったい何分経過しただろう。こうしてるのが一番落ち着くって、どういうことだろ…

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プレゼント

田中くんが引越しすると決まった時、 僕はおもちゃみたいな望遠鏡を買って 二学期の終わり頃に渡した。 それを買った理由は、 彼にはきっと望遠鏡が似合うと思ったからで、…

6

夏影

時計の針だけを見つめていた。 何日経ったのか、このままだと壊れてしまうことにようやく気付き、地味なアルバイトを始めた。 そこで僕は彼女と出会った。 恋人同士の関係…

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友だちの作り方

友だちの作り方を忘れた。 休日は何をしてるのか、聞いたらいいんだろうか。 どんな顔して聞けば。どんな相槌の打ち方で。洗面所の鏡に向かってやってみる。 珈琲に砂糖…

12

ミルクティー

ミルクティーまであと5分 絶望ごっこを過ぎて10分 雨の音は気のせいです 邪魔な自転車は投げ捨てます 遊びに行ってもいいかなって聞かれても プレステないし性欲ないし す…

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ネイビーブルー

遺書を書く癖があって、でも破る癖もあるから、彼は生きている。 カステラみたいなマンションに住んでてね、冬は紺色のコート、夏は紺色のTシャツを着てるから、紺色が好…

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星を買いに

「きのう、星を買ったの」 彼女がキャベツを刻みながら言った。 冷蔵庫のドアを閉じて聞き直す。彼女は同じトーンで同じことを言う。 僕は少し考えてから「そういうの、楽…

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京子の場合

京子は心中穏やかでなかった。バスが目的地に着くのかどうか。 運転手の案内は早口で聞き取れなかったし、誰かに尋ねようにも車内には、うな垂れてぴくりとも動かない老婦…

18

消えた自転車

盗まれたのは、高校二年の頃。
学校の自転車置き場から、僕の水色の自転車は姿を消した。
通学は徒歩では遠く、都合のいいバスも走っていない。すなわち傷は深い。
鍵を抜き忘れたのだろうかと考えてみるに、実にその通りで、飛行機の形のキーホルダーが付いたそれは、通学鞄のポケットに入っていなかった。
「お前の自転車、捨てられてたぞ」
クラスメイトが教えてきたのは、それから二週間が経った頃。どこにあったのかと聞

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エスカレーターの記憶と別の何か

下りのエスカレーターに乗れないという、女の子と付き合ったことがある。上りは平気なのに。
はじめて聞いた時、冗談だと思って乗せようとしたら、トートバッグの肩紐が切れそうなほど抵抗されたので、これは本当だと思った。
「足を踏み外して落ちそうになる」
二十歳そこそこの女の子が、真顔でそう言うのだった。
だから僕は彼女と一緒に、何本もの階段を下った。特に健康にはなっていない。

ある駅に改札へ向かう長い階

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週末の色

人には言えないようなことをして、人には言わないでおこう。
たとえばカーテンの向こう側。 たとえば午前一時の電話。気が付いたら逃げていた週末は、ずっと前から用意されていたのかもしれない。サービスエリアで手にしたソフトクリームは潔白の色。ギンガムチェックのシャツの袖をまくりながら、大丈夫だよと大ざっぱな言い方を僕はしたけれど、本当に大丈夫と思っていた。昨日読んだ田山花袋の小説の結末がひどかった。僕はそ

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青い鳥

青い鳥しか飛ばない島があるという
北極圏のオオカミの遠吠えが
届くところにある島で
森と青い鳥しかいなくて
憎しみも争いもないって
そんな童話みたいな話
あるのかなって言ったら
ちょうどウェイトレスが
僕たちの頼んだパスタを持ってきた

話はそこで途切れ
宙ぶらりんのまま
もう何年も過ぎてしまった
僕は時々
あの島のことを思い浮かべようとする
でもその度
パスタばっかり出てくる
僕たちが食べきれず

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白くなる

牛乳瓶の底から見ているような世界。
淡い色彩の、輪郭のはっきりしない世界。
手を伸ばしても何にも届かないような、そんな世界を僕は思う。

試着室のカーテンを少し開いて、彼女が顔を覗かせた。ちょっと見てくれるかなと聞くので、いいよと僕は立ち上がった。
細かいレースのあしらわれた、真っ白いブラウス。僕は鏡越しに「いいと思うよ」と言う。そのスカートとも合うし。
彼女は小さく頷き、もうひとつも着てみると言

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サイダーキャンディ

机の上のノートパソコンをたたんで、少し奥に押し、手前のスペースにおでこを乗せてる。
いったい何分経過しただろう。こうしてるのが一番落ち着くって、どういうことだろう。
うるさい、うるさい、世界はうるさいのです。それでも繋がっていないと、この椅子から落下して、僕は無限空間に放りだされる。手足をばたばた。サイダーキャンディは口の中。

鳥の鳴き声が聞こえる。きっと廊下の柵の上に止まってる。
僕は何度かそ

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プレゼント

田中くんが引越しすると決まった時、
僕はおもちゃみたいな望遠鏡を買って
二学期の終わり頃に渡した。
それを買った理由は、
彼にはきっと望遠鏡が似合うと思ったからで、
それをそのまま伝えると、
田中くんはたいそう驚いた顔をして、
ブロック塀みたいに大きな体を揺らし、
なぜか学ランのボタンを全部外して、
もう一度全部留めながら
「ありがとう」
と言って掃除用具入れの前で、
緑色の包装紙をじっと見つめた

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夏影

時計の針だけを見つめていた。
何日経ったのか、このままだと壊れてしまうことにようやく気付き、地味なアルバイトを始めた。
そこで僕は彼女と出会った。

恋人同士の関係になっても、彼女は裸になるのを拒んだ。幼少期に負った火傷の跡があるという。僕がそれを目にしたのは、付き合って半年が過ぎた頃だった。
一切驚かないと約束していたのに、そうは出来なかった。背中と脇腹、そして太腿の皮膚は捻れたり縮んだりしてお

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友だちの作り方

友だちの作り方を忘れた。

休日は何をしてるのか、聞いたらいいんだろうか。
どんな顔して聞けば。どんな相槌の打ち方で。洗面所の鏡に向かってやってみる。

珈琲に砂糖は入れる? へえそうなんだ。
部屋の壁にポスター貼ってる? ふうん、その映画は観たことない。
小説に出てくる台詞を口にしたことある? ちょっとひねくれたようなやつ。
眠れない夜に森を想像したことある? そこで野ウサギに会ったことは?

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ミルクティー

ミルクティーまであと5分
絶望ごっこを過ぎて10分
雨の音は気のせいです
邪魔な自転車は投げ捨てます

遊びに行ってもいいかなって聞かれても
プレステないし性欲ないし
することなんてありません
オセロぐらいしかありません

君のトレンチコートのボタンになりたいと
白の石が3つ並んだところで僕は言う
意味が分からないといった顔をする君の
細胞の中を進んでいくと宇宙へ辿り着くとしたら
隣の部屋との境は

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ネイビーブルー

遺書を書く癖があって、でも破る癖もあるから、彼は生きている。
カステラみたいなマンションに住んでてね、冬は紺色のコート、夏は紺色のTシャツを着てるから、紺色が好きなんだなと言うと、
「不思議なことを言う奴だ」
などと彼は言って、紺色の自転車にまたがって漕ぎだすのです。
彼の部屋には本以外、ほとんど物がない。
家具がない、調理器具がない、カーテンもないもんだから、脱いだコートはカーテンレールに吊る

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星を買いに

「きのう、星を買ったの」
彼女がキャベツを刻みながら言った。
冷蔵庫のドアを閉じて聞き直す。彼女は同じトーンで同じことを言う。
僕は少し考えてから「そういうの、楽しいね」と言い、もう一度冷蔵庫のドアを開いて缶ビールをひとつ取り出し、ソファーに座ってテレビをつけた。やがて彼女が生姜焼きをテーブルに運んできた。僕らは鉄道の旅番組を見ながら、それを食べた。
ビールを空にした後、「さっきの話だけど」と僕は

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京子の場合

京子は心中穏やかでなかった。バスが目的地に着くのかどうか。
運転手の案内は早口で聞き取れなかったし、誰かに尋ねようにも車内には、うな垂れてぴくりとも動かない老婦人が一人、漫画本に夢中の小さな男の子が一人、左後ろの中年男性にいたっては溜息をついてばかりで、もしや私の座り方に腹を立てているのかしらと、何度も座り直そうにも、座席の正しい座り方など知らないもので、何をどうしても間違っている気がしてしょうが

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