白くなる

牛乳瓶の底から見ているような世界。
淡い色彩の、輪郭のはっきりしない世界。
手を伸ばしても何にも届かないような、そんな世界を僕は思う。

試着室のカーテンを少し開いて、彼女が顔を覗かせた。ちょっと見てくれるかなと聞くので、いいよと僕は立ち上がった。
細かいレースのあしらわれた、真っ白いブラウス。僕は鏡越しに「いいと思うよ」と言う。そのスカートとも合うし。
彼女は小さく頷き、もうひとつも着てみると言って、カーテンをそっと閉めた。

牛乳瓶の底から見ているような世界。
上下左右を失いそうな世界。
曜日や時間に対する感覚が失われて、足を踏み出せば、どこまでも沈んでいくような、そんな世界を僕は思う。

良かったらこちらでお待ち下さいと、さっき長椅子を勧めてくれた店員さんは、デニムをたたみながら周囲を見ている。
ガラスの向こうには通りを歩く人たち。その向こうにはバスが停まっていて、それが動き出すと、開店祝いの花と共に、派手な色合いのアイスクリーム屋が見えた。

彼女がカーテンを開き、ちょっと見てくれるかなと聞いてくる。いいよと僕は立ち上がって、鏡越しに彼女を見る。
また白いブラウス。これもレースが付いている。僕は考えるふりをして言う。
「まあ、それもいいんじゃないかな」
「実は、まだ着替えてないの」
僕は左右逆転の彼女を見る。笑おうとしてみるけど、うまく出来ない。
牛乳瓶の底から見ているような世界。輪郭のはっきりしない世界。沈んでいきそうになって顔を上げる。「あ、」なんて僕は言う。
「アイスクリーム屋が」
「アイスクリーム?」
「さっき見えた」
「アイスクリーム屋が、見えた」
彼女はゆっくりと言う。
そして僕の目を見たまま、細い指でカーテンをつまみ、まったくの無音で引いていく。

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