ベルリンに半年住んだ私と言語習得に焦る気持ち
ドイツに住み始めて半年以上が経ち、私はいよいよ言語の習得ということに焦っている。
というのも、この国に来てからもう一度本格的に学んだドイツ語はいまだに思うほど上達しないし、ここでは思っていた以上に英語も必要なのだ。
ドイツ語も英語もいつかは話せるようになりたいけれど、自分がやらないことにはそのいつかは来ない。
私の周りには言語に自由なひとがすごく多いように見えて、私はどうも焦る。はやくあのレベルに到達したいと、気持ちだけ焦っている。
言葉ができる感覚
10年前に初めてドイツに来たとき、私は語学学校に2か月通って、「言葉(外国語)ができる」という感覚を初めて知った。
あの頃の私は若かったのだと、いまとなっては思い知る。1か月本気で勉強をしたら、なんとなくドイツ語が話せるようになった。
30歳を超えた私は、学校に5か月通ったのに、まだしっかりと「話せる」という感覚がない。
自己評価が低いのもあるかもしれない。というか、自分に期待をしすぎているのかも。
一方で、いまの私は少しだけ韓国語ができる。韓国語はかろうじて、「言葉ができる」とまだ思える。
だからなおさらに、ドイツ語の上達のしなさを感じる。加えて、学校で学んでいたはずの英語のできなさを実感する。
「言葉ができる」という感覚を、ドイツ語と英語にも感じたいのだけれど。そう感じられるのはいつだろうと途方に暮れる。
言語の習得に焦る気持ち
いまでもつながりのある、大学のときの先生が言っていた。30歳を超えてから、体感ではガクッと、新しい言語の習得能力が下がったと。
私は31歳の直前にドイツへ移り住んできて、今年で32歳になる。もうすでに30歳を超えてしまっている。
そう思うと、一気に気持ちが焦る。時間はいくらも残ってない、体感としても習得が遅くなっている、と。
純粋に脳の習得が遅くなっている以外にも、私はもう1つ、言語が上達しない原因を知っている。何かといえば、話すのを恐れている私がいる。
ある程度に歳をとってしまって、なんとも無邪気に外国語を話せない。「(この年齢なのに)こんなにもできない」と思う私が邪魔をする。
言語の習得を邪魔するのは、要らぬプライドだと知っているはずなのに。いまの私はまさにその状態だし、話さないのに話せないことを焦っている。
プライドをどこかに置いて、いまは習得の速度をあげたい。だけど外国語を無邪気に話す自分のことは、まだイマイチ想像ができない。
私にとって自分のプライドと向き合うことは、やっぱりなんとも難しいと思い知る。
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