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生きることは表現すること

こんにちは!
突然ですが、みんさんは最近『自己表現』していますか?
あなたは今「表現」と聞いて何を、どんなことを思い浮かべましたか?

表現というと、何か特別な表現手法(ツール)だけを「表現」と連想する人もいます。

辞書で「表現」を調べると、以下のように記載があります。

ひょう‐げん【表現】
心的状態・過程または性格・志向・意味など総じて内面的・精神的・主体的なものを、外面的・感性的形象として表すこと。
また、この客観的・感性的形象そのもの、すなわち表情・身振り・動作・言語・作品など。表出。「作者の意図がよく―されている」「―力」

広辞典

私は「表現する」ことは、
大小問わず自分の想いを自分以外の誰かに伝えたいって想いがあったり、
抑えられない溢れ出てくる想いがあるってことで、
私にとってはそれが歌であり、詞であり、文章であり、トークであり、創造物であり、日々の生活であり、生き様であり、、、

表現は自分と他人を繋ぐキッカケにもなるし、
人を勇気づけることもある。
自分を救うことも、
自分や他人の人生や今後が大きく好転することだってある。
または、その真逆で表現の仕方によっては人を傷つけ、
自分や他人の人生や今後を大きく転落させることだってあります。

そんな風に思うと、「表現することが怖い」って感じる人もいるかと思います。
真面目な人ほどそんな風に感じて、なかなか自己表現できなくなってしまったり、大切に想う人や場面であればあるほど、表現することが怖くなることもあると思います。
 
でも、表現することを恐れないでほしいと思う。
自分の内側にある感情をアウトプットすることを我慢するのではなくて、
自分自身を大切にするツールとして、
他人とのコミュニケーションツールとして使ってほしい。

様々な表現ツールを獲得することは、
より人生を生き易くすることに繋がるから。

 
そして「どんな場面で」「自分のどの引き出しから」「どんなツールを」使うのか? その際に必要になってくるのが、
「五感力」と「想像力&創造力」と「テクニック」。
(他にも必要になってくることはあるけど、それはまたの機会にして)

幼い頃から表現することが大好きだった女の子が自分らしく表現できない、
喉の奥が詰まるような痛みや、表現できない辛さや苦しみを嫌というほど味わってきたからこそ、
「我慢」でもなく「諦め」でもない、
「選択」という
ハンドルを握るのは誰でもない自分自身であること、
そんな人生を生きるためには、心と身体の健康や自分を取り巻く環境がいかに重要であるか、

『自由と窮屈』、『静と動』の両面を振り幅広く体験してきたからこそ、
自分の内側にある感情をアウトプットすることを我慢するのではなくて、
自分自身を大切にするツールとして、
他人とのコミュニケーションツールとして使ってほしい
と私は思うのです。

そして、少しでもこれまでaikoが蓄え積み重ねてきた多種多様の体験や知識や情報、キャリアが、誰かの人生のお役に立てたら本当に嬉しく思います。

みんな同じ、みんな違う。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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