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影郎枠

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適当な生き方をする草場影郎に関するものを集めました。 実を云うと、わたしは此奴が大嫌いです。
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2021年5月の記事一覧

午後のひととき

午後のひととき

「なに作ってるの」
「お店で出そうかと思って。パプリカのオイル漬け使った冷製パスタ」
「美味しそうだね」
「はい」
「うん、美味しいおいしい」
「賀茂茄子の塩漬け、評判よかったよ」
「満願寺唐辛子と松ヶ崎浮菜蕪は?」
「唐辛子は干した。蕪の葉っぱは漬けものにして、後はまだ使ってない」
「そういうの、調べてやるの?」
「最近あんま調べない。もう大体、どうすればいいか判るから」
「凄いねえ」
「慣れだ

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人物裏話——影郎と草村篇

人物裏話——影郎と草村篇

 もう、ええちゅうねん、という感じだが、蛇足として。
 くどいくらい書いているが、このふたりは同性愛的な関係ではない。シングルベッドで寄り添うように寝ていたが、狭いから仕方がない。寝てた、といっても、影郎は深夜まで働いているので、そんな風にふたりでベッドに眠ることは週に一回か二回しかない。
 当然のことながら、風呂に一緒に入ったりはしない。アパートの狭いユニットバスに普通、ふたりで入りはしないだろ

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キャンプ

キャンプ

 秋が深まった頃、影郎と左人志さんの三人で隣の市のキャンプ場へ出掛けた。前日まで雨が降っていたが、打って変わっていい天気だった。左人志さんのレオーネ エステートバンで行った。影郎はこの車が好きらしく、左人志さんが買い替える話をすると頻りに反対している。
「まだ乗れるのに、なんで買い替えるの?」
「乗れるゆうても、あっちゃこっちゃ故障してるんだよ。旧車なんだからもう寿命だて」
「今度はどんなのにする

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春の日和

春の日和

 ふたりで中央区の方へ出掛けた時、電車の中で影郎がいきなり仆れたことがあった。どうすればいいのか判らなかったが、彼を支えて乗客が空けてくれたベンチシートに腰掛けさせた。しかし意識を失ったままで、ひとはそれ以上、手助けはしてくれない。
 冷たいものである。迷惑そうに此方を眺めているだけで、声も掛けてこない。騒がれても困るが、この様子に少し腹が立った。次の駅に差し掛かった頃にぼんやり目を開けた影郎の肩

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人物裏話——遊木谷左人志篇

人物裏話——遊木谷左人志篇

 遊木谷左人志、ゆきやさとしと読む。「さひとし」ではない。
 もしかしたら登場人物の裡で一番大人かも知れない。年齢ではなく、人格が。三十そこそこでこれほど落ち着いた人間も居ないのではなかろうか。影郎の世話をしているうちに老成したのだろうか。
 因みに、「おしまいで、はじまり。」の時は二十七才。影郎が死んだ時は三十一才である。もう、この頃はおっさんのような貫禄すらある。わたしが考えだした人物は、どう

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鰻で乾杯

鰻で乾杯

「これはなんて映画?」
「『ネル』」
「寝る? ポルノ映画なの」
「そんなの職場で借りると思う?」
「紘君は借りないね」
「影郎なら借りるの?」
「借りたかったら借りるよ」
「いい性格してるね」
「ありがとう」
「褒めてるんじゃないよ」
「判ってる」
「変なの」
「で、どんな映画?」
「ジョディー・フォスター監督主演の、真面目な映画」
「ああ、『告発の行方』や『羊たちの沈黙』の」
「そう。でもそう

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たのしい日々

たのしい日々

「左のがクラッチペダル、真ん中がブレーキ、右がアクセル。ブレーキとアクセルは右足で踏む」
「クラッチってなんの為にあるの?」
「シフトを変える時に使う」
「シフトって何」
「このレバーでギアチェンジする。ギアを切り替えることで、速度に合わせて変速機を最適な状態にするの。これを切り替える時は、必ずクラッチを踏む。そうじゃないと切り替わらない。で、今、レバーがあるのがN、ニュートラル。シフトレバーは引

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夏の出来事

夏の出来事

「カゲロー!」
「なに?」
「何じゃないよ。なんでそんな恰好でうろつき廻ってんのさ」
「え、暑いから」
「暑いならエアコンつければいいじゃない」
「エアコン、苦手」
「家でもそうしてたの?」
「うん。でも左人志に怒られてた」
「そりゃ怒るよ。親しき仲にも礼儀ありって云うでしょ」
「うーん、男同士だから気にしないと思ってた」
「銭湯じゃないんだから」
「なんか着てくる」
「そうして」

「そんな大き

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夢であいましょう

夢であいましょう

 影郎が死んで、ぼくは八年勤めた東六区図書センターを辞し、彼の店を引き継いだ。
 店の名は「ハカタヤ」といった。その名の通り、博多人形が飾られている。それは影郎が子供の頃、祖父が買ってくれたものだという。少し彼の面差しに似ていた。
 朝、目を覚ますと、影郎の姿がないことを不思議に思う。台所に立って、いつも味噌汁を作っていた。「紘君、おはよう」と云って笑いかけてくる姿がないことを淋しく思う。足許に纏

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