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人物裏話——影郎と草村篇

 もう、ええちゅうねん、という感じだが、蛇足として。
 くどいくらい書いているが、このふたりは同性愛的な関係ではない。シングルベッドで寄り添うように寝ていたが、狭いから仕方がない。寝てた、といっても、影郎は深夜まで働いているので、そんな風にふたりでベッドに眠ることは週に一回か二回しかない。
 当然のことながら、風呂に一緒に入ったりはしない。アパートの狭いユニットバスに普通、ふたりで入りはしないだろう。光熱費の節約なら兎も角。
 草村のアパートは2DK。大学に入学する際に静岡から出てきて以来、そこに住み続けている。ひとり暮らしで2DKというのは広いような気がするが、家賃は駐車場込みで六万と安い。南地区の工場街だからだろう。
 間取りは玄関から這入ってすぐ台所があり、その奥にユニットバスがある。洗濯機は台所にある風呂場の入り口近くに置かれている。台所には食卓と椅子が二脚ある。椅子はもともと二脚あった。彼女が居たこともあったので、そういった女性や友人を招いた際に必要だからである。
 台所のすぐ隣が居間にしている部屋で六畳程度。此処にはソファーとローテーブル、テレビが置かれている。テレビは結構大きい。が、映画以外はニュースを見るだけ。ステレオセットはない。
 この部屋の更に隣が寝室で、此処も六畳くらい。ベッド以外はコンピューターが置かれた机がある。図書センターの社員だけあって、Macを使っている(センターのコンピューターはすべてMac)。
 図書センターがオープンする前日に、明良が珍しく訓示を垂れた。
「明日から此処も漸くオープンに漕ぎ着けるが、何分予算が限られているんで、スタッフの人数が少ない。総合事務に三人、二階の書籍絵画に四人、三階の映像音楽に四人、四階のミニシアターに至ってはひとりだ。足りない部分は他のスタッフに分担してやってもらう。やることが多くて大変だろうが、頑張ってくれ。此処は本社の人間から色物扱いされている。いつ廃業に追い込まれるか判らない。それでも企画段階から参加してくれた六人には本当に感謝している。此処でやることはごく簡単で、所蔵品の貸し出しをするだけだ。だが、それに甘えてもらっちゃ困る。何を訊かれても、どんなトラブルがあってもひとりで対処出来るようにして慾しい。人数が少ないんだからひとの手を煩わすようなことはするな。所長は上条麻子。総合受附は今村宗平、柏木涼子、小高清世。書籍絵画は池田和子、杉下圭子、武田佑司、野田晋輔。映像音楽は草村紘、生部幸真、水上久美子、三野瀬武志。ミニシアターは風間太一。当分の間はこれだけでやって行く。幹部の年寄りどもの鼻を開かしてやってくれ」
 この裡で企画段階から拘わっていたのはカナギシの嫁の麻子、今村宗平、杉下圭子、水上久美子、生部幸真、風間太一。草村は最初に採用された社員である。この後、同じ映像音楽担当の三野瀬とこんな会話を交わしている。
「慥かにやることは簡単だけど、こんな場所でやっていけるのかな」
「どうだろうね、宣伝もチラシばら撒いただけだったし」
「まあ、上条グループだから潰れたところであとのことは保証してもらえるだろうけど、なかなか面白い施設だから上手く行って慾しいね」
「社長の思い入れが強いから潰すようなことはしないんじゃない? なにしろカナギシさんの奥さんが所長だし、側近のバックアップが最強だからね」
「社長も苦労するよね、風当たりが強いから」
「風当たりっていうか、相手にされてないからね。あれだけのことしててまったく評価されないなんてどうかしてるよ」
「ほんとにねえ。よく我慢してるね」
「あれで出来たひとだからね。でも、ぼくだったら腹が立つだろうな」
「全部やってるのに、表立っては何もしてないことになってるから」
「悔しくないのかな」
「社長はそういうことに慣れてるみたい」
「慣れで済むことかな」
「あんなんだけど、出来たひとなんだよ」
「すごいな」
「ミニシアター、風間さんひとりで大丈夫なのかな」
「そんなに使わないみたいだから、当分はいいんじゃない? 軌道に乗れば人員も増やすだろうし」
 図書センターは明良が発案企画したもので、当初はまともに相手にされなかったが、カナギシと側近が捩じ込んだ。会議にかけられてから三年で発足し、一年で軌道に乗った。

 影郎は十六才まで親と一緒に暮らしていたが、その後は草村のアパートへ行くまで左人志とふたり暮らしだった。本人はひとに甘える性格ではなかったが、自由奔放過ぎて周囲があれこれ世話を焼く為、結果的に甘えているような形となった。
 料理は小学生の頃から作っていた。その頃は普通にハンバーグなどを作っていたが、のめり込むうちに何故か野菜や魚介類中心の食材になっていった。まあ、その方がやりがいはある。
 彼の実家は二階建てで、親が居なくなってからは、一階部分だけで生活をしていた。草村が通された和室は仏間で、縁側から庭に面している。仏壇に最初に祀られたのは、結局、影郎だった。

 草村は影郎を非常に可愛がって、自分でもその愛情の奔流に戸惑うこともあったものの、それはあくまで弟や動物に対するものと同じなので悩むことはなかった。影郎の方はそれほど草村に深い愛情を抱いていた訳ではないが、彼のことを兄のように慕ってはいた。
 ふたり暮らしというのは、同性同士の方が上手く行くような気がする。気取らなくていいし、生活面でもやることはだいたい同じなので困ることもあまりない。男が女性と暮らす場合、そもそも体の構造がが違うので判らないことが多い。
 取り敢えず、女性を頻繁に部屋に招くならば、便所に汚物入れを用意した方がいい。買いに行くのはコンドームを購入するより恥ずかしかろうが、一緒に出掛けた際に買うか、持ってきてもらえばいい。気が利くひとだと感激してくれる筈だ。

(2015年5月5日、某ブログより)

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