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午後のひととき

「なに作ってるの」
「お店で出そうかと思って。パプリカのオイル漬け使った冷製パスタ」
「美味しそうだね」
「はい」
「うん、美味しいおいしい」
「賀茂茄子の塩漬け、評判よかったよ」
「満願寺唐辛子と松ヶ崎浮菜蕪は?」
「唐辛子は干した。蕪の葉っぱは漬けものにして、後はまだ使ってない」
「そういうの、調べてやるの?」
「最近あんま調べない。もう大体、どうすればいいか判るから」
「凄いねえ」
「慣れだよ」
「料理の専門家になれば良かったのに」
「それほどじゃないもん」
「何時に店に行くの」
「もうじき」
「送ってくよ」
「いいの?」
「休みだからいいよ。それに最近、荷物多いじゃない。地下鉄で通うの大変でしょ」
「慣れてるから。でも、免許取ろうかなあ」
「だめ」
「なんでー」
「影郎、運転なんかしたらひと殺しそう」
「そんなことないよ」
「左人志さんも反対するよ」
「左人志に云わなきゃいいじゃん」
「一度、運転したらエンストさせたじゃない」
「マニュアルだからだよ。なんで左人志もリョウ君も古いミッション車に乗ってるのかなあ」
「ぼくと木下君は前の社長の影響かも知れないな。イマイ・オートは旧車専門店みたいなとこだから」
「ああいうのは恰好いいと思うけど、燃費悪いんじゃない?」
「悪いけど、彼処の車は走行距離も行ってないし、状態がもの凄くいいよ」
「ふーん。よく判んないけど」
「影郎は車に全然興味ないね」
「だって何がいいか判んないもん」
「男の子は普通、車とかバイクが好きなんだけどねえ。……なんか女の子みたい」
「料理が趣味だから?」
「そればっかじゃないよ」
「他は?」
「顔とか」
「何処が」
「色白だし、華奢だし、そもそも全体の雰囲気が」
「やだなあ」
「下品な顔じゃないんだからいいじゃない」
「下品に見えないならいいか」
「女の子はいいけど、男のひとについてったら駄目だよ」
「それは左人志にさんざん云われた」
「左人志さんも苦労したみたいだね」
「どういう意味?」
「うーん。影郎、ちょっと頼りない」
「店を経営してるじゃない」
「まあね。でもそれはあんまり関係ないよ」

     +

「忘れもの、ない?」
「んー、ない」
「左人志さん、新しい職場に慣れてきた?」
「みたいだよ。営業だから飛び廻ってるけど」
「営業は大変だよね」
「車関係の仕事だから楽しんでるみたいだけど」
「左人志さん、車好きだもんね」
「みんなほんとに車やバイクが好きだよね。興味がないとなんでって顔されるもん」
「男は普通そういうのに興味を持つもんだからね。でも、影郎が変な訳じゃないから気にしなくてもいいよ」
「別に気にしてないけど、時々会話に入って行けなくてね」
「大丈夫だよ。影郎は話題豊富だから」
「そうかなあ」
「女のひとなんか、料理の話だけで興味深そうに聞いてるじゃない」
「それはあるね」
「それだけでじゅうぶんだよ」
「ならいいか」

     +

「もう帰る?」
「どうしようかな、帰らない方がいい?」
「うん」
「じゃあ、開店するまで居ようか」
「近くに新しいお店が出来たから、そこ見に行こうか」
「どんな店?」
「なんか、雑貨屋さん」
「ふーん。行ってみようか」
「この辺、最近よくお店が出来る」
「再開発してるのかな」
「そうかもね。あ、此処ここ」
「女の子が好きそうな店だね」
「学校帰りの女校生が来てるよ」
「服も売ってるんだ」
「アウトドア系のばっかだけどね。だいたい商品の殆どがそういうの。STAUBの鍋とかあるし」
「このランタン、可愛いね」
「家でも使えるね。ラジオもついてる」
「やっぱり食器はスタッキング出来るものが多いねえ」
「LOGOSのエスプレッソメーカーがある」
「こういうのは無骨だけど、形が恰好いいね」
「こんなの見てるとキャンプしてみたくなるなあ」
「したことある?」
「ないよ」
「今、季節がいいから行こうか」
「何処に?」
「調べてみないと判らないけど、車で行けるような処」
「紘君の車じゃ、山奥は無理じゃない?」
「たぶんね。左人志さんも誘って行けばいいんじゃないかな」
「左人志、そういうの好きだよ」
「じゃあ恰度いいね」
「テントとかシュラフとか持ってる」
「いろいろ教えて貰えそうだな」
「うん。ダッチオーブン持ってったら美味しいものも作れるよ」
「きっと愉しいよ、茸狩りとか出来るだろうし」
「あれはちゃんとしたガイド雇わないと駄目だよ。素人判断で穫った茸で死んだひと、たくさん居るもん」
「ああ、よくニュースでやってるね」
「茸だけじゃなくて、普通の植物でも毒性のものっていっぱいあるよ。夾竹桃の枝でバーベキューして病院に担ぎ込まれたひとが居るし、鈴蘭も猛毒だし、ほんとは玉葱も大根も毒性が強いんだよ」
「そうなんだ」
「玉葱は犬が食べると死んじゃうらしいし、擦り下ろしたのをコップ一杯飲むと人間でも危ないって」
「恐いねえ。でもコップ一杯も飲むことはないけどね」
「なんか慾しいのない?」
「このコーヒー、美味しそうだね」
「フレーバーコーヒー? このライオンのパッケージ、知ってる」
「影郎コーヒー嫌いだっけ。飲んでるとこ見たことないけど」
「嫌いじゃないよ。じゃあ、これ買おうか。店にコーヒーメーカーあるから」
「そんなのが置いてあるの?」
「お客さんが時々酔い覚ましに慾しがったりするし、自分でも飲むから」
「これはぼくが払うよ」
「ありがとう」

     +

「いい匂いがするね」
「トーステッドココナッツって書いてあるから、煎ったココナッツかな。甘い匂い」
「砂糖入れなくてもなんとなく甘いね」
「香りでそう感じるんじゃないかな。味覚の七〇%くらいは嗅覚に依るものらしいから」
「なんか影郎、雑学に詳しいね」
「気になったらすぐに調べるんだよ。正解が判らないと、なんだか落ち着かないから」
「左人志さんは学歴がないこと気にしてるみたいだけど、大学出の奴よりもの知りだよ」
「それはないんじゃない? インターネットで得られる知識だけだもん」
「大学生だって知らないような知識があるよ。それに最近の学生って、漢字も碌に書けないよ」
「なに勉強してるんだろ」
「みんな遊びに熱心だからね」
「紘君もそうだったの」
「遊んだりもしたけど、授業にはちゃんと出てたよ」
「真面目だもんね、紘君。何を専攻してたの?」
「社会経済」
「難しそう……」
「そんなことないよ。常識があれば判ることだし、それこそインターネットで得られる知識で済ませられる」
「おれ、中学しか出てないから、大学出たひと尊敬する」
「それだけで尊敬出来るような奴はそんなに居ないよ」
「でも、左人志もリョウ君も紘君も、頭いいしなんでも出来るじゃん」
「なんでも出来るなんてことないって。ぼく、料理作れないよ」
「料理なんて馬鹿でも作れるよ」
「馬鹿じゃ作れないでしょ」
「作れるよ。文字が読めなくたって肉くらい焼けるもん」
「そりゃそうだけど、美味しく味つけするのには頭使わないと」
「まあ、そうかな」
「影郎、自分のこと卑下しすぎだよ。もっと自信持ちなよ」
「おれにあるのはひとづき合いの良さと料理が出来ることだけ」
「取り柄なんか何ひとつないひとも居るんだから」
「紘君は優しいね」
「優しい訳じゃないよ、ほんとのことを云ってるだけ」
「おれはそんな風に云えない」
「影郎だって優しいとこあるよ。いつもひとのことばっか気にしてるじゃない」
「そんなことないよ、常識ないって左人志にいっつも叱られてたもん」
「うーん、ちょっと感覚が変わってるかも知れないけど、常識がないってことはないと思う」
「だってしょっちゅう怒られてたよ」
「怒りっぽいようには見えないけどなあ」
「まあ、気が短い訳じゃないし、他人には怒らないみたいだけど」
「気が短いのは木下君だね」
「リョウ君は気が短いねえ。声が小さいからそんなに恐くないけど」
「バンドのひとには怒鳴りつけるらしいよ、無茶苦茶なこと云って」
「彼、語彙が豊富だからね」
「読書量が半端じゃないから、あの子。休憩時間とか、本ばっかり読んでる」
「おれが本読まないからって、薄ら馬鹿呼ばわりされた」
「あはは、馬鹿じゃないって判ってるからだよ」
「そうかなあ、襤褸糞に云われたよ」
「でも木下君に懐いてるじゃん」
「リョウ君、面白いもん」
「慥かに云うことなすこと面白いよね。お笑い芸人みたい」
「それ、本人に云える?」
「絶対に云えない」
「だよね」

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