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影郎枠

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適当な生き方をする草場影郎に関するものを集めました。 実を云うと、わたしは此奴が大嫌いです。
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秋日和

秋日和

 秋の或る日、影郎は庭の畑の様子を見に実家へ戻った。畑は影郎が居た頃より若干荒れた感じがしたが、左人志は勤め人なのでそうそう手入れもしていられないのだろう。茄子もトマトも薹が立ってしまっている。
 プランターのハーブを摘んで、影郎は家の裡に戻った。

「お、影郎、帰って来ちょったんか」
「畑、見に来た」
「草村君はどうしちゅう」
「なんか映像作家のひとの取材に行ってる」
「ほんなこともしよんのか」

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かげふみ

かげふみ

 影踏みの鬼をしていたあの子は
 逃げ廻る黒い染みを追いかけて
 何処かへ行ってしまった
 迷子になった子犬のように
 きっとひとりで泣いている
 名前を呼んでも帰らない
 探しても見つからない
 繁る木々の中
 冬の風が冷たく吹きすさぶ
 呼び声が風に攫われて引き裂かれる
 早く辿り着かなければ見失ってしまう
 その姿を追い続けなければ
 名前すら忘れて仕舞うかも知れない
 どうかぼくの名を呼ん

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結婚

結婚

 左人志の従兄弟が不慮の事故で亡くなって、半年が経った。ひき逃げをしたトラックの運転手が捕まった時は、それまで見たこともないような荒れた状態だったけれど、暫く経つと落ち着いてきて、元の穏やかな彼に戻っていった。
 五つ年上の彼に出会ったのは、大学に入ったばかりのことである。友人が参加していた山岳部のOBで、紹介してもらったのがきっかけだった。喋る言葉のイントネーションが違うので出身地を訊ねたら、岡

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カレン

カレン

 彼女はアルトのすてきな歌声で世界のひとびとを魅了した。
 お兄さんが大好きな女の子だった。
 本当は、お兄さんの背中を見つめて、ドラムを叩いているだけで幸せだったのかも知れない。お兄さんの作る曲に合わせて。
 若しかしたら、お兄さんより前に出て唄うことが彼女の命の灯火を早く燃え尽きさせて仕舞ったのかも知れない。モニター画面の彼女は、グランドピアノを弾くお兄さんに、寄り添うようにして唄うことが多か

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八月の海

八月の海

 飯の支度が出来たと云われて食卓に着いたら、小鉢のようなものばかり並んでいる。なんじゃこれは、と云ったら、「本日はおつまみオンパレードです」と影郎は云った。
「ええやん。判ってきたのう」
「全部作り置きしたやつ」
「褒めて損した。手抜き仕事やがな」
「これを作るのには手間をかけたよ」
「庭のもんばっかかい」
「肉と卵以外は」
「そらそうじゃろうけぇど」
 影郎は十代の終わり頃から庭に畑を作り、野菜

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海の季節

海の季節

「夏休みはどうするの?」
「実家に帰るけど、それ以外は予定がないな」
「紘君ってほんとに休日の予定がないね。何が愉しくて生きてるの」
「……随分な云われようだなあ」
「おれと出掛ける以外は映画観てるだけじゃん、独居老人みたい」
「年寄り臭いかな」
「うーん、ちょっと」
「どうしたらいいかな、スポーツカーでも乗り廻そうか」
「似合わないからやめた方がいいよ。釣りとか好きじゃないの、左人志は好きだけど

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旧市探訪

旧市探訪

「一旦家に戻って、着古したような服に着替えた方がいいよ。畑仕事する時に着るようなやつとか」
「どうして?」
「普通の恰好だと目立つから」
「畑仕事する時も特別な服を着る訳じゃないよ」
「うーん。棄てるようなのない?」
「あるかなあ」
「じゃあ、大きいと思うけどぼくの服を着ていくか。もう着ないのが何処かにあるだろうから」
「そんなに物騒なの」
「そんなことないよ。ただ、彼処のひと達は裕福じゃないから

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商店街を歩こう

商店街を歩こう

「紘君、起きて」
「んー。…… ああ、今、何時?」
「九時半」
「もうそんな時間か。何時に起きたの」
「六時」
「早いねえ。何してた?」
「朝ご飯作って、洗濯して掃除した」
「まめだなあ」
「今日はどうするの」
「そうだね、センターの近くの商店街に行こうか。行ったことある?」
「ないよ。なんか物騒だって聞いてるから、すぐ帰ってた」
「午間はそんな物騒じゃないよ。女の子ひとりだと危ないかも知れないけ

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中華街

中華街

「夏の休暇が決まったけど、何処か行きたい?」
「いつからいつまで」
「八月の十日から二十日まで」
「ああ、十日あるんだ」
「冬もね」
「実家には帰らないの」
「三日くらい帰るけど、あとは予定がない」
「淋しい男……」
「じゃあ、何か予定入れようかな」
「嘘うそ」
「何したい? 泳げないからプールに行って教えてあげようか」
「やだ」
「泳げた方がいいと思うんだけどなあ」
「泳げなくたって不自由してな

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人物裏話——亮二と影郎篇。

人物裏話——亮二と影郎篇。

 影郎がナナシのライブをはじめて観たのは十八才の時だった。好んで聴くのはフォークやポップ・ソングだったが、ライブハウスへはよく行っていたので、ナナシの曲も抵抗なく聴けた。
 が、音楽が気に入った訳ではなく、亮二の言動に興味を持った。で、ステージが終わり、暫くして彼が後ろのカウンターの奥から出てきた際に声を掛けたのである。

「ライブ、良かったですよ」
「あ、ほんと。ありがとう」
「煩瑣いけど、矢鱈

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あそびのじかん

あそびのじかん

「……うん? どうかした」
「寝顔が可愛いから見てた」
「……あ、そう」
「襲っちゃおうかと思った」
「やめて……」
「三十には見えない」
「おじさん、おじさんって云う癖に」
「年齢的にはおじさんじゃない」
「まあ、そうだけど、影郎だってあと三年経てばこの年になるよ」
「そうだね、なんか実感沸かないけど」
「慥かにね。二十七にだって見えないのに」
「年相応には見られたいよ」
「女のひとだったら、全

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あの時の物語

あの時の物語

注)本文には映画の結末が推測される箇所があります。『東京物語』を未見の方はお気をつけ下さい。

「いつも洋画ばっかりだから、日本の映画を借りてきたよ」
「どんなの?」
「小津安次郎の『東京物語』。このジャケットが渋いんだよね」
「へえ、なんかリョウ君が好きそう」
「木下君もこれは凄くいいって云ってた」
「畳に正座して観なきゃいけないかな」
「畳はない」
「じゃあ、漬けもの齧りながら日本酒を傾けまし

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ハッピーバースディ

ハッピーバースディ

 店の外では誰かが喧嘩をしている
 真夜中すぎのこと
 わたしは気にしない
 床の上に寝転がって
 酔っぱらった上にお金がない
 何れくらい時間が経ったのだろう

 眠ったままそこに居る
 深く、強く
 ひとびとは不快な猫の叫びをあげる
 けれど、わたしは苦痛など感じない
 天井の染みを見上げる
 ウインドウの中のネオン
 遠くから聞こえるサイレン
 ラジオから聞こえる ハッピーバースディ
 ハッ

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誕生日

誕生日

「誕生日おめでとう。二十四才だね」
「やっとね。そろそろ大人扱いして慾しい。リョウ君なんかほんとに小馬鹿にするから」
「影郎が頼りないからいけないんだよ。でも最近、確乎りしてきたよね」
「そうかな、左人志にも怒られてばっかだけど」
「親代わりみたいなもんだからじゃない? 一度会ってみたいな」
「会って何か得する訳じゃないよ」
「得なんかしなくてもいいけど、もしかして会わせないようにしてる?」
「違

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