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夏の出来事

「カゲロー!」
「なに?」
「何じゃないよ。なんでそんな恰好でうろつき廻ってんのさ」
「え、暑いから」
「暑いならエアコンつければいいじゃない」
「エアコン、苦手」
「家でもそうしてたの?」
「うん。でも左人志に怒られてた」
「そりゃ怒るよ。親しき仲にも礼儀ありって云うでしょ」
「うーん、男同士だから気にしないと思ってた」
「銭湯じゃないんだから」
「なんか着てくる」
「そうして」

「そんな大きいTシャツ着たらよけい変」
「もー、なんでもいいじゃん」
「まあ、いいか」
「左人志のはやっぱり大きいな」
「それ、左人志さんの服なんだ。あのひと、ぼくとそんなに背が違わないのに、影郎が着るとそんなに大きいの?」
「だっておれ、一六九センチで四十七キロしかないんだよ」
「まだそんだけしかないの?」
「そんだけって、これでも二キロ増えたよ」
「その身長なら、あと十キロ増えたって痩せ型だよ」
「十キロは無理」
「まあ、そうだろうけど。……自分の服着たら?」
「この方が楽だもん。捨てるって云うから寝間着用に貰った」
「外に着てったりしないよね」
「それはないよ。一応、常識があるから」
「あるとは思えない」
「あるよ。おかしな服着て出掛けたりしないじゃん」
「それはそうだけど」
「リョウ君の方がよれよれの恰好してるよ」
「あれはあれでちゃんとして見えるから」
「背が高くて凛々しいと得だなあ」
「容姿はあんまり関係ないよ」
「じゃあ、何がいけないの」
「影郎は男らしくない」
「……ひとを全面的に否定するようなこと云わないでよ」
「そうじゃないけど、自分で男らしいと思う?」
「思う」
「それは大きな誤解だよ」
「紘君って、結構云いたいこと云うね」
「云いたくもなるよ」
「自分に欠点がないからって」
「欠点くらいある」
「ない」
「ある」
「どんな」
「優柔不断だし、つき合い悪いし、特技ないし」
「慥かにそうだね。でもそれだけ自分が把握出来てるならいいじゃん」
「影郎は自分のこと判ってなさ過ぎ」
「自分のこと分析するとやんなってきちゃうもん」
「なんで」
「あまりにも情けないから」
「そんなことないよ。先刻云ったのは、うーん。本音だけど」
「やっぱそうなんだ」
「でもいいところたくさんあるよ、料理が出来たり……。料理が上手かったり……」
「料理だけじゃん」

     +

「こんにちは」
「あれ、草村君。どうしたの、ひとり?」
「ええ、ちょっと影郎のことでご相談が」
「返品したいとか云わないでよ」
「返品って、物じゃないんですから」
「もう保証期間過ぎてるよ」
「まだ二ヶ月しか経ってないですけど」
「あいつの場合は三日で切れる」
「早いですね」
「で、なんだった?」
「いえ、取扱説明書みたいなものがあれば頂きたいと思って」
「ないなあ、そんなもん」
「ないですか、やっぱり」
「なに、もう音を上げたの」
「そういう訳じゃないんですけど」
「疲れた顔してるじゃない」
「実際、疲れています」
「まあ、仕方ないだろうな」
「彼、どういう育ち方したんですか」
「どうゆうて、普通だけど」
「普通であんな風になりますか」
「なっちゃったねえ」
「ご両親はどんな方なんですか」
「普通だよ、会社員と専業主婦。ただ、放任主義だったかな」
「はあ、ほったらかしだったんですか」
「うーん。まあ、それに近いな」
「それであんな風に……」
「まあ、そればっかじゃなくて、本人の資質もあるだろうけど」
「それがなければあそこまでは、ねえ」
「まあねえ。君も運が悪かったと思って諦めてよ」
「いえ、運が悪いとまでは思っていませんけどね」
「ならいいんじゃない?」
「いいんでしょうかねえ」
「バトンは君に渡したんだから、なんとか頑張ってよ」
「随分投げ遣りですね」
「もう第二の人生はじまってるからね」
「ぼくはなんなのでしょう」
「まだ第一の人生の途中かな」
「なんか長そうですね」
「若いんだから」
「ひとつしか違わないじゃないですか」
「影郎のお陰で子育てさせられたようなもんだからな」
「今、ぼくが子育てしてますよ」
「まあ、楽しんで育てて」
「あれ、誰か来ましたよ」
「勝手に這入って来るのはあいつしかいない……」
「噂をすれば影郎か」
「あれー、紘君。なんで此処に居るの?」
「影郎、草村君のこと、あんま困らせると棄てられるぞ」
「困らせてなんかいないよ」
「こういうところが、なんとも……」
「気に入ってる?」
「そうかも知れません」
「草村君って、ちょっとM?」
「何を云うんですか」
「なに揉めてるの?」
「呑気に野菜を抱えて、いいなあ、おまえは」
「で、紘君は左人志に用があったの?」
「取扱説明書を貰いに来たんだよ」
「なんの?」
「壊れた人形」
「ロボット?」
「そんな上等なもんじゃないわ」
「玩具なの?」
「まあ、そうかな。壊れてるけど」
「買い替えれば?」
「それが出来れば苦労しないよ、なあ」
「そうですね」
「獅子唐とズッキーニがたくさんなってた。なに作ろうか」
「ひとりで焼いて喰え」
「焼くのが一番美味しいかな」
「スルーですね、完璧に」
「相手にするな」
「左人志、獅子唐焼いたの好きだったよね。半分置いてこうか」
「半分て、そんな笊に一杯要らんわ」
「これ半分じゃない、全部」
「普通に売ってる量でいいよ」
「今日、店あるんじゃなかったっけ」
「うん、その前に収穫に来たの」
「此処まで歩いてきたの?」
「うん」
「この糞暑いのによく三十分以上も歩くな」
「歩いてる分には平気。でも汗かいて気持ち悪いからシャワー貸して」
「好きに使いな、おまえの家なんだから」
「今は左人志の家じゃん」
「ぼくは居候だろ」
「違うよ」
「……いい子なんですけどねえ」
「まあな。それだけじゃ済まないあたりが手に負えん」
「そうなんですよねえ」
「お互い苦労するな」

「おい、ひとのおる処でなんちゅう恰好して出てくんのじゃ」
「あ、そうか」
「何が『あ、そうか』だ。礼儀ちゅうもんを知らんのか」
「……あれをやったんですよ」
「ああ、なるほど」
「吃驚しちゃって」
「まあ、男同士だからアレだけど、吃驚するだろうなあ。勘弁してやって」
「いえ、もういいです。諦めました」
「そうそう、諦めが肝心」
「夏服が殆どないから左人志の借りたよ」
「薄ら馬鹿のガキがサイズの合わん服着てるみたいだな」
「そりゃぶかぶかだけど、薄ら馬鹿はないんじゃないの。リョウ君じゃあるまいし」
「木下君は正しいことしか云わないよ」
「あれが?」
「そうだよ、草村君に訊いてみろ」
「紘君はそんなこと云わないよ、ねえ」
「う、うん」
「正直に云ってやって」
「木下君は、正しい、かな?」
「えらい自信なさげだなあ」
「なんか可哀想で……」
「甘やかさなくていいよ」
「何けしかけてるの」
「何時に店、行くの?」
「んー、後一時間くらいしたら」
「車で送ってったげるから、一旦家に戻って着替えなよ」
「そりゃ着替えるよ、こんな恰好で店に出られないもん」
「はあ、よかった」
「草村君、こいつも一応、常識あるから」
「安心しました」

「ほんとはうちに何しに行ったの?」
「うん? ちょっと左人志さんに相談事があったんだけど、もう解決した」
「そうなんだ、よかったね」
「まあね」
「紘君も一緒に店行く?」
「いいよ、閑だから」
「じゃあ、掃除手伝って」
「は?」

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