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夏の物語

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ナンバリングはされてますが、基本的にそれぞれ独立した物語です 8/22それぞれにサブタイトルをつけました
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記事一覧

夏の終わり

 触れ合う手から、相手の体温が伝わって来る。
「さよならの時間だよ」
 涙は出ない。また逢えると知っているから。
「あぁ、そうだな。ほんとはもっと一緒にいたいんだけど」
「都合がいいなぁ。別れ際にそんなこと言うだなんて。僕がいるときにはさっさとどっかいけー、とか家から出たくない、とか言ってたくせに」
「そう言われると弱いな」
 思い出すのは夕立が多いと嘆いたことや、アイスを求めて自転車で走ったこと

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不謹慎だけどちょっと嬉しい

 太陽が天頂で大地を例外なく焼いている時間。特に季節が夏ともなればその威力は耐え難いものがあり、この時間帯は日の当たる場所での作業を自重するように勅命が下るほどだ。もっとも、夏以外で太陽が天頂に昇ることはないのだが。
 陽光を遮るものがない草原で、鳥の羽を持った彼女は暑さにへばっていた。その頭は地面に直接座る人物の膝に預けられている。
「おいおい大丈夫かよ。だからあんまり無理すんなって言ったのに」

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華やかさとは縁遠い

 重なりすぎて聞き取れない会話を聞き流しながら、彼はぼんやりとしていた。
 立つ位置は部屋の壁際。普段よりも華やかな装いをした淑女諸君と、己の本心を微笑みの裏に隠した紳士達とできる限り距離をとった結果だ。
「やぁ、楽しんでるカイ?」
 そんな彼に、陽気な声がかかった。声だけでその人物が誰かがわかった彼は姿勢を一切変えることなく口だけを開く。
「これが楽しんでいるように見えるなら、なるほど、宮廷魔術

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森の外から

 空に向かって噴き上げられる水の周りには子供連れの親子や、散歩をしている老人。少し離れたところでは噴水を見られる位置に置かれたベンチに座って本を読む男。さらにその外側に視線を向ければ、舗装されていない芝生の上で寝転がっている人もいる。
 それらの人を一通り見つめると、彼もまた噴水に近付いていく。
 時折、彼を見た人がギョッとするが、それももう慣れた。気を使っていれば何もできなくなる。特に気にするこ

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夏の儀式

「そっち持ったかー?持ち上げるぞー」
 窓から差す陽光がまだ優しい時間。
 声がするのは畳の敷かれた和室だ。
 和室にいるのは4人。年齢はバラバラだが全て男。父親と、その子供三人だ。
「父さん、今更夏座敷なんてやってる人いないよ。エアコンつけてよ」
「む。何を言っている。誰もやってないからこそやるんだろうが。それに、こうして襖を取り払って家具の位置を変えれば、十分涼しいんだ。わざわざエアコンなんざ

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常連の証

 頭上からの太陽の光は殺人的なレベルまでその威力を増していた。ましてやそれが逃げ場のないあぜ道だと太陽光線から逃げるすべはなく、ただただ身を焼かれるのを甘受するしかない。
 が、その地獄ももう終わりだ。
 視線の先。
 そこにはまるで砂漠にあるオアシスがごとき存在がある。
 彼はまるで誘蛾灯に導かれる蛾のようにその存在に引き寄せられていった。

「ラムネ一つ」
 喫茶店に入り、いつものようにラムネ

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慣れない浴衣に四苦八苦

 人通りが疎らな通りを、いつもよりすこし早めのスピードで歩く。浴衣を着ているため、いつもの速度が出せないのだ。
 そのことをもどかしく思いながら、目的地に向かって懸命に歩く。
 家を出る時に確認した時計では、すでに6時半を過ぎていた。
 待ち合わせの時間は6時半なので、完全に遅刻だ。まさか浴衣を着るのにこんなに手間取ると思っていなかった彼女はついいつもの調子で準備をしてしまった。
 待ち合わせてい

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続・彼の布団事情

前の話はこちら

 朝陽を感じ目を覚ます。
 暗がりの中手探りでスマホを探し、現在時間の確認。
 そこに表示されているのは午前6時前。いつも通りの時間に起きられたことに少し安心し、スマホのアラームをオフにする。
 ベッドから抜け出すとカーテンを開ける。すると全身に太陽の光を感じ、どこかぼんやりとしていた意識が覚醒するのを感じる。
 彼女はそのままベランダに通じる窓を開け、空の様子を伺う。空には雲ひ

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アイスを求めて

 自転車をこぐ足に力を込める。
 日はだいぶ傾き、昼ほどの暑さはすでにない。自転車が進むことでほおを撫でる空気がその感覚を助けてくれている。
 しかし日が沈み昼ほどの暑さがないと言っても、季節は変わらない。
 自転車を漕いでいることで自然と額に汗がにじむ。

「くそッ・・・・・・。コンビニまで自転車で15分って・・・・・・これだから田舎は」

 以前住んでいた地域ではコンビニは徒歩で1分以内の位置

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彼の布団事情

「あぁー布団干してぇ・・・・・・」
 同僚の突っ伏しながらのつぶやきに、タイピングの手を止める。
 しかしそれも一瞬。そのまま何事もなかったかのように再び手を動かし、彼女は今度の企画を通すための資料作りを再開する。
「干せばいいじゃない」
「最近夕立が結構あるだろ?怖くて布団干せないんだよ」
 確かに最近は毎日のように夕立があるな、と思う彼女だが、同時にもう一つ思う。
「別に朝干せばいいじゃない」

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山道を歩く

 蝉の声に囲まれて、永遠と山道を登っていく。
 前後には誰も居ない。
 一人だ。
 この山道がどこに続いているのかもわからないし、そもそもこの山道を登る必要があったのかどうかもわからない。
 わかるのはただ今俺が山道を登っている、という事実であり、そして夏の山はとてつもなく不快指数が高い、ということだ。休むために立ち止まれば立ち所に虫が寄ってくる。虫をどうにかしようとして動けば暑くなる、という悪循

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神社で涼みつつ後悔する

 神社の階に腰掛け、そらを眺めていると、その視界の端に映っていた杉の枝が大きく揺れた。
 なにごとか、と思うまでもなく、杉を揺らした本人が彼にも遅いかかる。
 青嵐がほおを撫で行くのは数秒。
 神社の屋根の作る影にいるとは言っても、頭上の空に雲はない。
 影のなかで身に受ける風は室内で受ける扇風機の風よりも気持ちがいい。
 一度で終わるかと思っていた青嵐だが、それからも何度か繰り返してやってきた。

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コンビニまでの道のり

 雲の峰を飛び越えようとするかのような軌道で飛行機が飛んでいるのが見える。
 よくもまぁあんな大きな入道雲の上を飛び越える気になったものだ、と感心しながら腕組みをした。
「ちょっと、私の話聞いてる?」
 と、その腕組みをした男の肩を声と共に突く姿があった。男が視線を下に下げると、そこには白いワンピースに麦わら帽子、といったちょっと狙いすぎな少女の姿が。
「あぁ、聞いてる聞いてる。その狙いすぎたキャ

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季節の移り目

 朝起きると、今日はいつもより少しだけ暖かいな、と思った。
 テレビをつければ、やはりそういう旨の内容を天気予報で放送していた。
 そうはいっても日が沈むとやはり少し肌寒くなるらしい。
 ならばいつもと着込む枚数を変える必要は特にないな、と思い、朝食を腹に収めスーツに着替える。
 初夏のこの頃ならまだスーツを着ることに抵抗がないからいいのだが、本格的な夏になってしまうとスーツに袖を通すのが辛くなる

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