夏の儀式

「そっち持ったかー?持ち上げるぞー」
 窓から差す陽光がまだ優しい時間。
 声がするのは畳の敷かれた和室だ。
 和室にいるのは4人。年齢はバラバラだが全て男。父親と、その子供三人だ。
「父さん、今更夏座敷なんてやってる人いないよ。エアコンつけてよ」
「む。何を言っている。誰もやってないからこそやるんだろうが。それに、こうして襖を取り払って家具の位置を変えれば、十分涼しいんだ。わざわざエアコンなんざつける必要はない」
 長男が父に向かってエアコンを要求するが、父はその要求をいつものように跳ね除ける。
 これまでも繰り返されてきたことであり、結果が分かっていた長男はため息を吐く。今年こそは夏座敷にする前に確実にエアコンの導入をしてもらおうと思っていただけに、こうして夏座敷になってしまったのは悔やまれる。
「だいたい、そんなこと言ってるのお前だけだぞー?長男のくせに軟弱な」
「なんじゃくー!!」
 三男が父の言葉を真似しながら父の足に抱きつく。
「お?お前もそう思うか!そうだよなぁ。軟弱だよなぁ」
 父は三男の頭をやや乱暴とも思える手つきで撫でると、三男に笑いかける。
「そいつはまだよくわかってないだけだろ・・・・・・」
 そういえば次男はどこだ、と長男は部屋を見渡す。するとその視界の端に和室から逃げ出そうとする次男の背中が見えた。
「おい、どこへ行くんだ」
 長男の呼びかけに、次男の顔が長男の方を向く。
「え、いや、ちょっとトイレに・・・・・・」
「お前さっきトイレ行ったばっかだろうが!!」
 次男を怒鳴りつけ、家の中の模様替えを再開する。今年の夏もエアコンなしで乗り越えなければいけないのか、という諦観とともに。

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